前頭葉壊滅主義

私の脳は欠陥住宅だって住んでる虫が言ってた

「生き損なった」ってのが正しい

誰かに負けたくないけど、誰に負けたくなくてこうして足掻いているのかも分からない。プライドが高いことと自尊心が高いことはイコールじゃない。だからややこしいんだろう。向き合って座っている人間に視線を向けられて、それがとても苦痛だと思うことが増えた。軽蔑されているのではないかと胸が重たく圧迫されたように痛むのが鬱陶しい。ただ数秒間じっと見られているというだけで、相手の視線から受ける何か不穏なものが、私の心がジクジクと蝕んでいくのを感じる。認知の歪みがすべての原因だというならその歪みは元々持ち合わせていたものなのか、自ら歪ませてしまったのか、他人に歪まされたものなのか。それが解ったところで何かが解決するわけでもない。ただ考えることを辞められないからこうしてつらつらと言語化して、それを何らかの形にすることで脳を圧迫しているおどろおどろしいものが私の中から逃げていってくれるんじゃないかと思いたい。足掻くな、諦めろ、手遅れだ、と言ってくれる私と、今までやってきた事を全部無駄にするのか、なんの為にこんなになってまでやろうとしてきたんだ、と叱咤してくる私と、どちらの言い分も理解できて、共感は上手く出来ずにいる私と、全部がこの小さい脳みそで罵倒しあってるようで、思考が混線していて、眠ってしまえば良い話なんだろうけど、眠れない。馬鹿にされる為に笑ってるわけじゃないし、かと言って見透かされるのは困る、というより死んでも誰にも見られたくない。見せたくはないけど、隠しておきたいけど、見過ごされて踏み付けられたいわけじゃない。笑ってるからといって何も感じてないわけじゃない。なんでこんな奴にこんな思いをさせられなきゃならないんだ、と思うくらいなら、こうして帰ってきて死にたくなって傷を増やすくらいなら、あいつの喉元を掻っ切ってやった方が余程すっきりして、私も終わりに近付けるんじゃないだろうか。死にたい。殺してやりたい。1日に何度ももう無理だ、耐えられない、そういう瞬間が訪れて涙が止まらない。そう言ってまた今日も仕事に行くのが分かってるはいるけど、今日こそ行けないかもしれない、今日こそ無理になってしまうかもしれない、それを毎日繰り返しながらもいつか無理になってしまうのを心待ちにしてる自分もちゃんと居るから、自分が一番駄目なんだって分かってる。ちゃんとしたいし、ちゃんとやるか、ちゃんと駄目になるか、どちらかしかない。惨めな人間なのは自分が一番良く分かってるから、仕方がないことなのかもしれないけど、他人から同情を得たいわけでも何でもなくて、哀れまれるくらいなら見下されていたほうが幾らかましだけど、踏み躙られて平気な顔をしておきたくない。いっそ何かを信仰して、自我を捨てて、私が、自分を見てみぬふりしてやればいいんじゃないか。夢と現実が混同する瞬間が訪れるけど、それは悪夢で、現実とさして変わらないもので、ただ直接的な恐怖を現実に侵入させてしまっているだけで、怯えるだけで悲しいだけだ。どうせなら幸福な夢を見たい。いつまでも幸せな夢に縛り付けてくれて、現実から逃がしてくれる神様に出会いたい。