前頭葉壊滅主義

私の脳は欠陥住宅だって住んでる虫が言ってた

脳内廃棄物処理センター

 

毎年この季節は糞親フラバ月間が訪れるので、私の意に反して脳みそが勝手に実家にいた間の記憶を延々とリピートしたがる。どうせメンタル袋叩きで何も手につかないし思考も止まらないので文字に起こすことにした。こうして目に見える形で記憶を残すと、これを読み返した時に自分がキツいんじゃないかと考えたけど、今優先すべき事は脳みそにパンパンに詰まって今にも爆発しそうな記憶と思考が入り交じったものを放出することなはず。たぶん今回は前回よりとんでもなく長文だし文体も内容も全部酷くて支離滅裂だと思うからそれでも良い人だけ読みすすめてね。ここから先は虐待描写を含むから苦手な方はブラウザバック推奨。

 

大体年間通して見ても私の生活態度は目に余る酷さだと自覚してるんだけど、3、4月と8〜10月は特に酷い。まず日頃から思考が止まらずフル稼働してる脳みそが、この時期になると古い記憶が勝手に掘り起こされて思考と記憶の読み込みが同時進行されたりする。意味が分からないくらいの量の情報を読み込んでいくからこっちの意識が追いつかなくて気が狂いそうになる。いくら思い出したくないと懇願しても私の記憶を勝手に読み込んで勝手に再生するしそれを時系列バラバラのシャッフルで延々リピートされるから本当にたまったもんじゃない。私の脳みそなはずなのに、私が制御しきれないのが歯痒い。むしろこの暴れ馬みたいな脳みそが私という人間の全権を握ってるのは重々承知してるのだけど。

 

考え、音楽、感情、映像などが連想的に次々と湧き上がってきて、それをコントロールできない状態は、解離の研究では、「思考促迫」(Gedankendrängen)と呼ばれています。

しかし、統合失調症でも同じような症状がみられ、「自生思考」(Autochthones

Denken)と呼ばれています。

 

まあそんな症状は物心ついたときから私に付き纏ってるので今更何てことは無い。かと言って、記憶が勝手に掘り起こされて再生される所謂フラッシュバックは勘弁して欲しいところではある。現実との区別がつかなくなって正気じゃ居られなくなるし身体中の至るところが痛痒くなる。ただただしんどい。灰皿を見て発狂してぶん投げてガラス割ったり、たぶん私なんかより百倍、一緒に暮らしてる旦那がしんどい。健常者から見た私は、自分で思ってる以上に酷いし完全にキチガイ。それは大抵一人のときしか出ないとはいえ、フラバからの破壊衝動のテンプレに何かしら対策を立てないといけないと考えてはいる。

 

物心ついたときから考えることを辞めない私の脳みその中身は変わらず、十何年もほぼ同じ問いかけを繰り返している。その答えに辿りつくのは怖くもあるけど、それ以上にその答えを求めてここまで来たし、なんとなく死ぬまでに絶対に知らなければならないと思ってしまう。というか十何年も同じことを考え続けてるのにそれに辿り着けずに死ぬのは悔しい。なんの為に生きてきたのか分からないというくらいに。精神医学の文献とか心理学の本とか色々、足りない頭なりに辞書引きながら読んでみるけど、いまいちピンと来ない。それは私が文章、語句の意味をきちんと噛み砕いて理解出来ていないからかもしれない。そもそも被害者意識の塊である私のフィルターが掛かることで、照らし合わせる事実は大きく捻じ曲がってるだろうし。その問いかけは、死ぬまで終わらない気もしてる。私の脳みそが考えることを辞めないという事は、もしかしたら答えが見つかって欲しく無いのかもしれない。常に頭から切り離せずにいる「何故私はあの人に虐げられなければならなかったのか」という問いかけ。それを考え続けることは、治ろうとする傷口を自ら掘り下げていく作業の様で、私の脆い精神力を根こそぎ奪われる行為。それでも辞められない。

 

私の父親は饒舌な人で、家庭内での私以外に見せる顔は愛想が良く世間で言う「良い父親」そのものだったんだと思う。実際に近所の方には仲の良い親子を演じていて、何でもない顔で人を欺いて取り入るのが上手い人だった。息をする様に嘘をついてそれを信じさせることに長けていた。一つの職場に長く務める事は無かったけど、各職場で同僚らしき人や上司らしき人によく飲みに誘われていた。行く先々で人の輪の中心に居るようだと母親から聞いた。たぶん、場の空気を上手く回したりとかそういう事が出来る人だったんだと思う。裏の顔を知る私からすれば普段の父親の振る舞いは、不気味以外の何物でもなかったが、その私が抱いた感情すらもあの人の思惑通りなのかもしれないと思うと改めて恐ろしい。当時の私は、友人から慕われ妻に溺愛され、職場の仲間とも和気あいあいと過ごす器量のある父親は、世間一般から見ると人格者であり、その父親に罰と称され虐げらる自分は世間から見ても悪なのだと思い知った。自分以外の全ての人間が父親の人格を認めている様に見えたし、私に対する行き過ぎた加虐趣味を黙認していた母親に父親を崇拝する事を強要されていたので、それだけでも洗脳は完璧だったはずなのに、父親は念を入れてなのか、追討ちをかけて私の生きる為の、反抗する為の気力を断ち切ろうとしていた。

 

思い出せば吐き気を催す程悪趣味で、頭の悪い子供を洗脳するには有効且つ効率的なやり方だと感心する(※個人の感想であって人によっては甘っちょろい)程の躾によって、元々薄かったであろう私の自我を無いものとするのは簡単だっただろうと思う。個人の精神構造を強制的に破壊し変化させる上で有効とされてる方法を知ってか知らずか、私に行われてきた躾の中には某カルト教団などが用いた洗脳方法が多数含まれていた。この偶然は、今思えば少し考えれば馬鹿でも分かることばかりだと気付くしそれくらい被虐児ならみんな経験していると思うが、まだ自我が芽生えたばかりかそれぐらいの子供の頃に毎日長時間その方法に忠実に、十数年継続して躾という名の洗脳を行った事実があるからこそ、恐ろしくて堪らなくなった。

 

毎日欠かさず行われたのが刷り込みという同じことを何度も繰り返させる行為で、特に声に出して呪文のように延々と、自分が生を受けた事を詫びながら今ある自分の存在を否定する言葉を唱えさせられてた。抑揚の無い調子で同じ言葉を繰り返し言わせる事で意思決定力や思考力を落として、反抗する力は失われるらしい。そもそもこの風習(?)は物心ついた時にはもうあって、毎日暗い部屋で父親と二人きり、裸で正座して(産まれてきた理由とか自分の存在という概念さえいまいち分かってないまま)言わされてる言葉は何千回何万回、十数年なので下手したらそれ以上とかなのでその回数分、環境によってはそれ以上に「産まれて来てしまって申し訳無い」という意識を脳みそに刷り込む事が可能らしい。けど、私は未だ死んでないしどうなんだろう。少なくともあの人の所に居て言わされてた時は完全に産まれて来てしまった自分が悪いと思ってたので効果はあったのか。言わされてたあの呪文は未だに私の深層心理に根付いてる感情の一部な気がする。睡眠と食事を満足に与えられなかったことや暴力による後遺症より、自分自身の中で繰り返される自己否定の方がよっぽど、今になって重くのしかかってくる。それに、あの家に居た時間の中で思い出せる範囲では「産まれて来てしまった自分が悪いのだから、罰を受けても仕方がない。耐えなきゃいけない。私が産まれてきてしまったことでこの人の人生を狂わせてしまったのなら、この人が私を殺したいのは当然。」みたいな狂った思考になってた。今思えば完全にトチ狂ってる謎理論。

 

方法を変えれば詠唱(読経など)で生み出されるハーモニーにはリラックス効果もあるらしい。

 

まあ後はほとんどが暴力の恐怖による支配で、そのやり方がえげつないし痛いし怖いしで、とにかく毎日「殺される」「殺してくれ」「怖い」とかの感情がローテーションだったり同時だったりした。あの人は、真っ暗な部屋に閉じ込められ裸で正座しながらあの呪文を唱えさせられてる私の背後のソファーに腰掛けて、「そうだなお前が悪い」「俺を不幸にしたお前は罰を受けるべきだ」みたいな相槌を打ちながら煙草を吸っていた。背後に居られるといつ何が飛んでくるか何をされるか分からない恐怖、表情が読めない恐怖で頭がおかしくなりそうだった。灰皿と呼ばれれば歯を食いしばって背中を差し出したし、高笑いしながらみぞおちを蹴りあげられても気道を抑えて声を殺した。全部、受け入れなければならないと思ってたし罰を受ける自分と嬉しそうに罰を与える父親は日常で、私の中でそれは当たり前のことになってた。そんな風にすぐ思い込まされた私を馬鹿だと思うし中学生になってからも思考放棄してされるがままだったなんて正直呆れる。今なら冷静に判断して、父親の言うことを否定できるかもしれないが、当時の私には父親と二人きりのあの部屋での時間がとてつもなく長く感じて、部屋に入れられたら終わりが見えない恐怖に支配されていた。

 

当時不思議だったのは、私から見た父親はいつも余裕があって愉快そうな顔つきで私が苦しむ姿を見せるととても満足げに笑ってみせることだった。私の前でさえもほとんどイラついた様子を見せることは無かったし、こっちが悶絶していると嬉しそうなのだから、その表情がどの感情から来るものなのか分からず、逆に恐怖心を煽られた。幼いながらに、こんな風に痛めつけるくらい憎い相手に向けられる顔としては似つかわしく無いんじゃないかと思っていた。たまにビデオカメラを回して躾の様子を記録しだすこともあった。弟の運動会なんかの撮影をする為のそれと同じ物でそんな場面を延々と撮り続けるのは可笑しいなと思ってレンズを眺めた。指の関節を逆方向に捻じ曲げられながら折れるまで耐えられるかなんて言われたり、首絞められながら顔面にぶっかけられたり、尿意を我慢させられた状態で腹を蹴られ続けて漏らしたら罰ゲームとか訳の分からない事ばかり言われたりされたり、とにかくあの人がやっみたい事や思いついた事を片っ端から全部やってみてる様だった。許してくださいと何度も懇願するとその様子もまた嬉しそうにビデオに収めて、勝手に口を開いた罰だと風呂場で湯船の中に頭を抑え込まれ続けることもあって、10歳かそこらの子供にしてはよく耐えたなと思う。私に降り掛かること全部が、罰だと言われたらそれはもう受け入れなければいけないものなのだと理解したつもりでいた。躾の際にたまに実験だとか罰ゲームだとかそういう言葉を使ってたけど、その言葉がどの場面でどの様に使われていたのかはあまり覚えてない。ただあの人にとって私を甚振る事は、何か好奇心に突き動かされての実験だったり、ゲームの中の人間を無感情で殺すくらいの感覚だったのかもしれないと思う。

 

こういう罰と称された躾には日常的に生理的欲求を制限される事も含まれていて、風呂トイレ以外の生活は全て父親に手懐けられた母親に管理されていた。睡眠もまともにとれず食事も弟や母親の食べ残しの残飯の様なものが少量で、三人が寝静まった頃腹を膨らませようとして水道水を沢山飲んだのを覚えてる。母親が自ら進んで私に危害を加えようとするのは、大抵ストレス発散の為だったから殴る蹴るだけで済んでて楽だった気がする。それ以外は私の存在は無いものとして扱って放っておいてくれた。ただ、別に危害を加える気なんて無いのに、アレに近づくなと弟を私から遠ざけていた。溺愛する自分の夫からそう命令されたのか自主的になのかは分からないけど、大事な息子があの人の躾の被害にあわない為の行動だったのかもしれない。弟が憎い時期もあったけどそれは少しの間で、母親に大事に守られて父親からも愛しそうに撫でられる弟をただ羨ましく思っていた。

 

未だに鮮明に思い出せることがある。あの部屋には窓を開けてすぐのベランダがあった。そのベランダの柵の向こう側、30cm程の淵に立たされた。4階から見る地面は暗くて底無しのようだった。「日があけて歳取る前に飛べれば自由」そう言われても何故か柵から手を離せなかった。毎日心の中で殺して欲しいと懇願していた。それ程死にたかったし楽になりたかったはずなのに、30cmの淵にしっかりと足を乗せ柵を握りしめることで精一杯だった。本気で落ちることが怖かったんだと思う。毎日終わらせたいと願っていた日常を終わらせるチャンスをみすみす逃した。柵にしがみつき泣くのを堪えることしか出来ずに居る私を、あの人は嘲笑しているように見えた。その後は珍しく何もされず、ただベランダへ締め出されて一人誕生日を迎えた。8歳になったばかりの私がベランダで啜り泣く声があの人に聞こえたのかどうかは分からない。あの頃は学校以外では狭い家庭の中しか知らずに生きてたから特に父親をおかしく思う事はなかったけど、今改めて考えると本当に気が狂ってるとしか思えないし、飛べなかった当時の自分に情けない思いが募る。

 

「何故私はあの人に虐げられなければならなかったのか」という問いかけに対する答えは、あの人から言わせれば単に暇つぶしとかお前が嫌いだからとかそういう事で理由なんてものは無いのかもしれない。気になって一度中学生になったばかりか、なる直前くらいに、何故産まれてきた事が罪になるのかを聞いた。すると、お前は要らないのに産まれてきて、その産まれてきたことに対する罰を今受けてるんだみたいに言われたけどいまいちピンと来なかった。で、母親に聞いてみるとどうやらあの人と母親は男の子を欲しがってたみたいで、第一子が女だったことを非常に落胆したらしい。父親の父親で私の祖父の会社に跡継ぎが必要なので祖父は孫が男の子なら継がせる様な事を言ったらしい。金銭的な事情もあってなのか男の子を一人だけ作ろうとなって、運悪く産まれてきたのは女。その状況なら父親がお前を殺したいと思うのは当然だろ、と言われた。殺さないでいてやるだけは優しい父親だと付け加えられた。中学生にもなればその状況で女が産まれることの意味は分かる。でもそれだけの理由で殺したいと思われるのはさすがに理解出来なかった。たぶん教えられた理由はただのきっかけに過ぎず、父親の中に元からあった嗜虐性を、運悪く女として産まれてきた娘にぶつけてみたに過ぎないのだろうと思う。たまに、被害妄想が暴走して虐げる対象が欲しいだけの為に女と分かっても堕ろさなかったのではないかと勘ぐってしまう。でもそんなのは考えたところで本人達にしか分からないことであって、いくら私が思慮巡らせたところで答えには辿り着かない。どちらにせよ、あの人達は私を人間として娘として見たことは一度も無い、今なら分かる。

 

何を考えながら虐待してたとか、何の為だとか、誰のせいだとか、全部本当の意味で理解することは出来ない。自分の父親を人間として微塵も理解出来なくて恐ろしい。分からないから恐ろしいんだと思って、必死こいて虐待する人間についてとにかく調べまくった。父親の言動や実際に受けた虐待を調べた文章と照らし合わせてみると、児童虐待をする人間の心理についての記事にある親の思考や性質より、動物虐待をする人間の心理についての記事にある性質に当てはまり過ぎてることに気付いた。虐待するのは発散とか支配が目的ってのは結構書いてあるんだけど、対象が苦しむ様子を見て快感を得る目的ってのは動物虐待の記事に多かった。大袈裟に考え過ぎだし被害妄想なのかもしれないけど、あの人の脳内で私は娘よりもっと私物化された動物に近かったんじゃないかと思えてくる。別に今更それが悲しいとかどうとかじゃなくて、それなら納得がいくというか、まだ理解が及ぶ範囲ではある。征服欲を満たす為だとか色々理由はあったのかもしれないけど、何となく嗜虐性をぶつける事を許される対象が出来たからぶつけてみた、みたいな単純な理由から始まって嗜虐性が暴走した結果があの躾なのかもしれないと思った。児童虐待と動物虐待の共通点は多いんだけど、両者共そうなった経緯を考えた時に過去に虐待されたり何らかの形で迫害された経験がある人間が多いらしい。あの人も実は被害者だったのだろうかと考えるけど例えそうであっても同情しないし勿論許すつもりも無い。それはあの人が、私が産まれて来てしまったことを許してくれなかったのと同じだと思う。

 

思い出せる限り思い出してそういう心理の記述と照らし合わせて分析していくうちに、とてつもなく絶望的な脅威に気付いた。父親によって刷り込まれた自分は生きててはいけない人間だという思考だけではなく、それ以降の実家から離れて生きた時間での出来事も関係して、元々いつか死のうだとか実際に自殺未遂を繰り返している所はあった。だけどもはやそれ以前の問題というか、洗脳が解けてそれ以降に自分で再構築してきた自我、アイデンティティの様なものが根底から揺るがされる脅威が、嗜虐性の連鎖であってそれを他人にぶつける事よりも自分が、あの父親と同じ言動をし同じ性質を持ち合わせてるかもしれない事実が何より恐ろしいと思った。これに気付いた時に、周りの人間の心配より、自分が嗜虐性を持ち合わせてる事実を気にすることを優先した時点でもう倫理的にどうなのかという話なんだが。嗜虐性自体は多かれ少なかれどの人間も持ち合わせてるらしいんだけど、その嗜虐性をセーブする役割の善悪の基準さえも自分の中で揺らいでしまって、自分の中での善悪の基準が世間一般から大幅にズレてる可能性は大きかった。実際にその嗜虐性の連鎖や何やかんやの遺伝についての論文を読んだ数日前に担当医に倫理観やモラルの欠如について宣告を受けたばかりで、リアルタイム過ぎて自分の状態に危機感を感じた。前提として、倫理観が無いかズレてるかしてたら一般社会に溶け込めないものと考えていたから、もしその前提から間違ってたらと思うと、これまで実家から出て培ってきた自分というものや、その上で成り立ってた精神構造は正解とは真逆の所にあるんじゃないかと思った。とにかく仕事で認められていれば自分が肯定されてると感じたし、心を許してないとしても世間一般で言う友達や知り合いは多い方だったから、これで大丈夫だと勘違いしていた。極端に言えば薬やってようが援交してようが、仕事する上で認められてて人間関係が円滑に回せていたら全部OKだと錯覚していたんだった。そこでまた思い返してよくよく考えれば、あの気が狂った父親も友達や職場での人間関係は円滑に回せていたことを思い出した。いくら人間関係が上手く回せても仕事が出来ると褒められても、あの父親のようにならない保証は無いし寧ろ近付いていたんじゃないかと気付いた。どうしても同じ轍を踏む事だけは避けたかった。虐待云々の話じゃなく、根本的な部分であの人とは違う人間で居たかった。一度気付いてしまった事実は、被害妄想も手伝ってどんどん膨張して私の思考を占領した。時間がたって冷静に思考を張り巡らせると、今まで自分が罪悪感なんて微塵も感じずに徹底的に陥れて虐げてきた人達の事を思い出して、自分を傷付けた人間なんだからやり返されて当然だとか馬鹿げた理論掲げてた過去の自分が居た。それを思い出してからの感情もやっぱり自己中心的で、自分が傷付けてしまった人達への申し訳無さよりも、傷付けた人間への仕打ちの残酷さを考えてそんな事を平然とやってのけた自分が父親に近付いてるんじゃないかという心配が上回った。自分がした事への罪悪感が沸かないのはおかしいし、心的外傷を植え付けるくらいは平気でやってしまってたんじゃないかと思うと遺伝子どうこうで片付けられる問題じゃないのも分かった。そもそも私が被虐児とかそんな言い訳は通用しないくらいやり過ぎた事は多々あって、もはや自分が嗜虐性をコントロール出来てないことは明らかだった。警察なんかが介入してくる大事に発展しても誰かにそれを擦り付ける事で逃れてきたし、実際薬でトチ狂って身内のヤクザの下っ端みたいな奴を刺した時も自分の身を守る為にやったと主張したら、命に関わる怪我で無かった事もあってお咎め無しで終わった。とんとん拍子でここまで来てるから調子に乗りすぎてたことは十分自覚してる。それでも、これまで自分に降り掛かった色んな不幸と相殺されてチャラだとか謎理論で自分を納得させてた。自分が感じた理不尽を他人に撒き散らして発散させて何がチャラなんだ馬鹿か、と思う。本当に頭が悪くて呆れるし、情けなくなる。

 

今はもう自分が、気に要らない他人の人格や言動を全否定して精神的苦痛を味あわせる事で快楽を得るのが趣味の外道だと自覚してるので自分の中で決められたここまでというラインまでは好き放題やってるが、勿論それで良いと思ってる訳でもない。もう本当に色々取り返しが付かないところまでやり尽くしてしまってて、何が良くて何が悪いみたいなラインも曖昧で、制御も効いてない。本当に私は昔から変わらず害悪で、今はネットでだけ本性露わにして別垢でフォロワーの身内釣って暴露して遊んでみたり同族嫌悪の似非メンヘラ害児叩いてみたりして気を紛らわせる事にしてる。糞田舎の狭い世界だから出来る事だったけど、働いてた時に理不尽に楯突いてきた奴は業種によって横の繋がりが強いのを利用して私の持ち得る最大限の無駄なコネフル活用して悪評垂れ流しバイトの面接さえ受けさせないみたいな最悪に姑息な嫌がらせしたりしてた。(今考えると恥でしかない過去だし最低だなと思う。)私の最低ラインが一応そういうネットで誰かを陥れたりする事までなのは、相手がいつでも逃げれる環境が揃ってるからであって、たまに例外もある。例えばネットでも私に悪意を向けてきた相手だとかは、裏垢リア垢FBから住所本名勤務先特定して晒すまではしなくても自分が握ってる個人情報を誇示して恐喝まがいの事をしてたり、馬鹿げてると思いつつそれが楽しかったらもう飽きるまで辞めない。もう本当に底辺だし幼稚だし頭がおかしいと自分でも思うけど、自分が飽きるまで叩きのめしたいし最初は悪意を向けてきた相手が悪いとしても過剰防衛して戦意を無くした人間までも攻撃する様は、傍から見たら滑稽だろうなと思う。くだらない。ネットでも現実でも、人の足引っ張って何が楽しいのかと言われても、自分でも分からない。でも変に下に見られたり嫌いな人種に悪意を向けられると、もう見過ごせない。そういう無駄なプライドがあって異常なまでに固執するから、いつまで経っても幼稚なままなのも分かる。こういう部分の改善は今後の私の課題にしようと思う。

 

ここまで読んだ人はもう分かると思うけど、私は、被害者意識に取り憑かれた加害者で、日頃から思い出すのは自分の受けた被害だけで傷付けた人間のことなんて忘れ去ってしまう最高に都合の良い脳みそをしてる。ここに書いて無い不幸な出来事も犯した悪事も全部含めた上で、誰がどう考えても加害者だと自覚せざるを得ない。(だからこれを見たフォロワーが私を嫌悪して今日は大量ブロックされるだろうななんて思いながらこれを打ち込んでる。もう半分ヤケだしそれはそれで良い。)ただ私だって最初から加害者だったわけじゃない。言い訳出来ることでも無いけど、虚勢張ってハリボテの力を誇示しながらじゃなきゃ強く生きれなかったし、私の精神はそうする事でしか自分を保てないように出来てる。絶対に何度その状況に陥っても、私は私に悪意を持って接してくる人間を許さないし、自分を傷付ける人間はみんな死ねばいいという考えは変わらない。でも、何故私があの人に虐げられなければならなかったのかという問いが頭から切り離せないのと同じくらいに、何をする時も自分がした事によって不幸になる時もずっと切に願ってることがある。私は本当はずっと私に向けられる悪意が恐ろしくて堪らない臆病者で、傷付けられる事を恐れるが故に傷付ける側に回った最低な人間なので、それを願うのは烏滸がましい事だと理解してる。それでも、この世に生を受けてしまったことも、それによって誰かの人生を狂わせてしまったことも、私の放った一言で狂気に蝕まれて過ちを犯した人が居たことも、その人が自責の念に駆られて自ら命を断つのを見殺しにしたことも、真っ当に生きれない現状も、死にきれずに生きてしまってる私自身のことも、全部誰かに許されたいのだ。全ての人に許されなくてもいいし、誰に許されたいのかも分からない。でも誰かに許される事をずっと願ってた。本当に許して欲しかった人はもしかしたら今もうこの世に居ない人なのかもしれないとも思う。許されるということは自分ではどうしようもなくて、相手の気持ちに委ねることだから、難しい。私はいつからか、誰かに許されれば今度こそ真っ当に生きれるんじゃないかと夢を見てしまってたのかもしれない。現実がそんなに自分に都合良く出来てるわけがないし、私にはそんな夢を見ることすら許されないと言われても仕方がない。生まれてきてしまったその罰を受ける為に生かしてやってるだけだと言われて、一度は受け入れたその言葉を、否定し続け父親に憎しみを持ち続けることで私は強く生きれたところが少なからずある。でも父親が否定した私という存在は、人を傷付けてその人にも傷付けさせて、一人で死なせてしまった。悲劇のヒロインぶってる訳でも何でもなくて、本当に、生まれてきた事が罪だというあの人の主張はあながち間違いでは無かったのではないかと思う。

 

これだけの年数足りない頭で色々思慮巡らせても自分のこと父親のことは、未だに分からないことだらけだけど、弟と話して一つだけはっきりした事がある。数年前に、弟の連絡先を教えて貰う条件で母親に生活費の送金をした。その時母親が、今更だけどあの男にはもう懲り懲りで人間として尊敬出来ない。だから別れたし、これからは親子二人で助け合って暮らそう、みたいな事を言ってきた。母親はあの人と別れてから仕事もしてなくて金に困ってたから、その時ポンと30万渡した私を金ヅルにして暮らそうとでも思ったんだろう。同じ家で暮らしてた時も、惚れた男の為なら平気で娘を痛めつける様な真似をする浅はかで胸糞悪い女だと思ってたけど、ここまで頭の悪い人間から自分が産まれた事実を恥じる程に嫌悪感が増した。それはいいとして、変に事を荒立て無いように同居の提案を断って、弟に連絡してみた。私が実家から逃げたあと、父親が病的なまでに私を探すことに必死になって仕事も行かなくなり精神科を受診したところ、鬱病の診断を受けたとのことだった。それからしばらくして病気はすぐ治り、弟から見た元の穏やかで子煩悩な父親に戻り母親とも別れて、今は弟と父親の二人でのんびり仲良く暮らしてると言ってた。通話中は父親が仕事に行ってたけど、もしこちらから連絡した時に居合わせたら不味いから、何かあったら連絡しておいでとだけ伝えて通話を切った。弟は元気そうだった。口元を怪我して喋りづらい様子が伺えたらすぐにでも迎えに行って私が養おうと提案しようかとも思ってたのに、全くそんな気配は無くて。弟の様子を見て、父親が穏やかで優しいと聞いて、やっぱりそうかと確信した。検討はついてたけど実際に認めてしまいたくない気持ちがあって、でも弟が安心して暖かい家庭で暮らせてるなら良かったと思う。私が居なければあそこはごく普通の暖かい家庭だった。仲の良い夫婦とその一人息子の家族なら良かった。寧ろ私への躾を無かったことにするなら、あの家は普通だったのだけど。私だけがあの家で癌だったのだ。子が親を選べないのと同じで、親もまた産まれてくる子を選べない。私が居なかったら良かったのに、とあの人達も私も、たぶん弟もそう思ってる。望まれない命なら何で産まれたんだろうか、何でもっと子供を欲してる家庭に産み落としてくれなかったんだろうか、と考えても意味の無いことを延々と脳みそがどうにかしようとしてる。もう考えることを辞めたい。これ以上いくら考えても私が欲してるものは手に入らないし、現状の打開策を模索する為の脳みそに切り替えたほうが時間を有効に使えるのに。考えたくない事を一生懸命考えて、思い出したくもないのに事細かに覚えてて思い出して、馬鹿じゃなかろうか。忘れられたらどんなにいいかと思う事もあるけど、それを許さない脳みその造りみたいなので、どうせならと色々調べてたら意外と興味深い、マインドコントロールとか。もうそろ思考シャットダウンする為の荒業(薬)かけるのでここまで読んでくれた物好きな方、ありがとう。一気にここまで書き終えたから指痛えし文章に打ち直すのはあまり苦じゃないとはいえ少し疲れたので寝ます。今回糞親父のこと書きまくったから罪とか罰とか厨ニくさい語句沢山出てきたけど(私のセンスじゃないからな)親父、ドストエフスキー好きだったのかな。良作よな、罪と罰。おやすみ。