前頭葉壊滅主義

私の脳は欠陥住宅だって住んでる虫が言ってた

潤滑油にすらならない

薬だけが身体中に纒わり付く気怠さを紛らわしてくれる。身体が重すぎて重すぎて、単純に重量が増えたのもあるんだろうけど、纒わり付く空気が重たすぎる。それだけじゃなくて、空気が濃ゆくて毎秒息することすら苦しい。だからたまにリボトリールぼりぼり食べるけど、それでも頭は重たい。ひとつひとつの動作が全部だるい。周りの空気感が重すぎて、DXMとかブロンとか苦し紛れに入れた薬が効いてきた時、浮遊感すら感じる。とにかくシラフが耐えられない。気休めにしかならないデパス1シートでふわふわ雲の上を歩いてるような錯覚に陥るほどだから、ここ最近の空気の重たさはやっぱり異常だ。酒は潤滑油にすらなってくれない。酒に溺れる、というより酒の重たさに沈んでしまって駄目だ。一応ダウナーなんだから仕方ないんだろうけど、楽しくもならないのに何故勝手にコンビニに足が向いて、気付いたら酒類の冷蔵庫の前に立ってハイボール缶を手に取ってるんだろうか。でも酒で頭を蕩けさせて、重たい脳みそを適度に掻き混ぜてやらなきゃ、やってらんないし。思考をぼやかして目の前の現実から目を逸らし続けていかなきゃ仕事になんか絶対に行けない。毛布の中から出る瞬間をいつまでも先延ばしにしてる。一生出たくない。閉じこもっていたい。誰か脳みそ破壊してくれ。自分の脳みそから逃げたい。

「生き損なった」ってのが正しい

誰かに負けたくないけど、誰に負けたくなくてこうして足掻いているのかも分からない。プライドが高いことと自尊心が高いことはイコールじゃない。だからややこしいんだろう。向き合って座っている人間に視線を向けられて、それがとても苦痛だと思うことが増えた。軽蔑されているのではないかと胸が重たく圧迫されたように痛むのが鬱陶しい。ただ数秒間じっと見られているというだけで、相手の視線から受ける何か不穏なものが、私の心がジクジクと蝕んでいくのを感じる。認知の歪みがすべての原因だというならその歪みは元々持ち合わせていたものなのか、自ら歪ませてしまったのか、他人に歪まされたものなのか。それが解ったところで何かが解決するわけでもない。ただ考えることを辞められないからこうしてつらつらと言語化して、それを何らかの形にすることで脳を圧迫しているおどろおどろしいものが私の中から逃げていってくれるんじゃないかと思いたい。足掻くな、諦めろ、手遅れだ、と言ってくれる私と、今までやってきた事を全部無駄にするのか、なんの為にこんなになってまでやろうとしてきたんだ、と叱咤してくる私と、どちらの言い分も理解できて、共感は上手く出来ずにいる私と、全部がこの小さい脳みそで罵倒しあってるようで、思考が混線していて、眠ってしまえば良い話なんだろうけど、眠れない。馬鹿にされる為に笑ってるわけじゃないし、かと言って見透かされるのは困る、というより死んでも誰にも見られたくない。見せたくはないけど、隠しておきたいけど、見過ごされて踏み付けられたいわけじゃない。笑ってるからといって何も感じてないわけじゃない。なんでこんな奴にこんな思いをさせられなきゃならないんだ、と思うくらいなら、こうして帰ってきて死にたくなって傷を増やすくらいなら、あいつの喉元を掻っ切ってやった方が余程すっきりして、私も終わりに近付けるんじゃないだろうか。死にたい。殺してやりたい。1日に何度ももう無理だ、耐えられない、そういう瞬間が訪れて涙が止まらない。そう言ってまた今日も仕事に行くのが分かってるはいるけど、今日こそ行けないかもしれない、今日こそ無理になってしまうかもしれない、それを毎日繰り返しながらもいつか無理になってしまうのを心待ちにしてる自分もちゃんと居るから、自分が一番駄目なんだって分かってる。ちゃんとしたいし、ちゃんとやるか、ちゃんと駄目になるか、どちらかしかない。惨めな人間なのは自分が一番良く分かってるから、仕方がないことなのかもしれないけど、他人から同情を得たいわけでも何でもなくて、哀れまれるくらいなら見下されていたほうが幾らかましだけど、踏み躙られて平気な顔をしておきたくない。いっそ何かを信仰して、自我を捨てて、私が、自分を見てみぬふりしてやればいいんじゃないか。夢と現実が混同する瞬間が訪れるけど、それは悪夢で、現実とさして変わらないもので、ただ直接的な恐怖を現実に侵入させてしまっているだけで、怯えるだけで悲しいだけだ。どうせなら幸福な夢を見たい。いつまでも幸せな夢に縛り付けてくれて、現実から逃がしてくれる神様に出会いたい。

私は脳みその奴隷なので

私が泣きたくて泣いてるわけじゃないし動きたくないって思ってるのは私じゃない。私の脳みそがそれをそう捉えてそうしろって言ってんだからそうなってるんだと思うし私が抗えないんだから仕方ないじゃないか。今死にたいのは私だけど、別に私が望んでこうなったわけじゃないしうるさいのもうるさいのが好きでこうなったわけじゃないし、うるさいから辞めてって言ってるのにうるさいんだから仕方ないだろ。全部何かのせいでこうなってるし自分のせいだとか全部分かってるけど自分の脳みそのせいであって私のせいでこうなったんだとは思えない。いちいち理由を求められても困るし何でそんな事になるんだとか言われても私が聞きたいしそれ。いちいち辛い理由しんどい理由人生辞めたい理由求めてくるのはなに。理由があったら解決するとでも思ってるんだろうか。私が好き好んでこうなってるとでも思ってるんだろうか。全部考え方次第だよってそんなの分かってても実行に移すかどうかなんて脳みそが決定権握ってるんだから私に言うなよ。こんな性格になったのにもそれなりに理由があってこんな考え方してるのもそれなりにそういう経緯があってってそれをいちから説明することに何か意味があるんですか?現在進行系で過去に縛られてるって何?理解できない。結局現在なの過去なのどっちなの?私の頭の中は未だにそこにあって一時停止じゃなくてリピート再生されてるんだけど止まってるとか縛られてるんではなくて、繰り返されてるって事なんじゃないか。私がそれを選んだことなんて一度もないしそれがそこにあるのも全部強制されてるんだけどそれも私のせいなんですか?友人も知り合いも助けも何も信用ならないって言ったら怒られるんだろうか。助けるよ力になるよ話聞くよ何かあったら言ってねって何もないのに辛いししんどいしそれは何かあったうちに入らないんだろうと思うし君たちに解決出来ることなんて何もないんじゃないかって鼻で笑っちゃうんだけど全部口に出すつもりはないから許して欲しい。信用ならないというより信用するべきではない信用するに値しないというか、信用して痛い目見るのは私なんだから信用するかしないかは私が決めていいんだよなって思うし、そうじゃなくてもたぶん私は信用しないと思うし。自分のことなんて何も分からないけど私が分からないんだから他人に分かるはずが無いよな。誰がどう正解だって言うのかも決まってないんだろうから、正解も答えも誰も分からないんだから、自我とか性格とか個性とかたぶん作られたものでしか無いんだろう。元々持ってる性質みたいなものは自覚してるけど、それは今更どうこうできるものでもないし手遅れだろうから、なるべく他人様に迷惑をかけないように心掛けてるけど、本当は全部ぶっ壊して無かったことにしてやりたい。今まで積み上げてきたものとかこれから手にするものとか始めから持ってたものとか全部帳消しにして全員同じ位置からスタートさせてやりたい。私は参加したくないけど。もうずっと手遅れだって知ってたけどどうしようもない。乱されたくないし煩わしいこと全部人にぶん投げたいけど収集つかなくなってからこっちに丸投げされるよりは一から十まで全部自分でやったほうがマシなんだって気付いた。人に頼ることを覚えたつもりで居たけど結局あとから面倒事投げられるんだったら最初から私がやった方がマシ。もっと上手くやれたしもっと無駄を省けたのに、全部だだ漏れになってから泣きつかれても遅いんだよ。最近夢の中でも接客してるから残業手当て馬鹿みたいに欲しいし医療費全部労災おりてほしい。脳みそもうるさいし客もうるさいし従業員もうるさいからブチギレそうになって帰って腕切るけど、酒癖悪いとかラリってるからとか関係無い。酒辞めても薬辞めても腕は切るのに、ぱったり辞めたところで酒薬で発散してたぶんのあれこれは全部どこかに消えるとでも思ってるんだろうか。話して解決することなんて何も無いから話さないんであって、話が通じるとも思ってないし私が疲れたくないからこうしてるのに。何が辛いとか何がしんどいとか何でこうするとか全部理由なんて無くてただそうなってしまうだけ。私がしんどくなりたいからとかではない。切り捨てるしか無いのは分かるけど何で分かってくれないのかとかそれも分からないし、理解されたいんではなくて、分からないなら黙ってろってただそれだけお願いしてるだけなのに。ほっといてくれって思うことはそんなに悪いことなんだろうか。収集つかなくなってから尻拭いするの自分だから早いうちに手を打って置かなければ、とか思ってるんだろうか。私が手遅れだって分からないんだろうか。私が手をつけられない状態になってしまったら尻拭いなんて考えないで切り捨てれば良いんだよって教えてやってんのに、それすら伝わってない。私なら切り捨てるけどそれが出来ない人間も居るんだろうから、無理にそうしろとは言わないけど、言わないから、私が捨てたいときに捨てることにもとやかく言わないで欲しい。意味もなく泣きたくないし意味もなくイライラしたくないしそこに理由があるなんて思わないで欲しい。それを何度も言ってるつもりなんだけど伝わらないから人間向いてないのは私なのか相手なのか。理由によっては脳の摘出手術の許可が降りるんですか?摘出したそれに直接聞いてみて欲しい

閉じ篭りたい私はいつも居るけど、閉じ込められたいわけじゃない

閉じ込められるのと閉じ篭もるのはまったく違うということは誰でも分かるはずなのに、ガラス越しで見ている人間はその違いに気付けないんだろうか。閉じ込められている人間に対してそこにいつまで閉じ篭っているつもりなのかと言うし。閉じ込められて苦しんでいるのにそこから早く出てこいと言うだけで外から扉を開けることはしてくれないし。そんなところにいつまでも閉じ篭っていられて幸せだなと言うけど、閉じ込められている側からしたら外に出て自由に動き回っているお前の方が余程幸せそうだと思う。ずっと閉じ篭っていられたらいいのにと思えるような場所はあるけど、私がそこに居られるのはほんの一瞬で、内側から鍵がかけられたらどれだけ幸せか。その場所でだけは現実を忘れられるし私を邪魔する人間も居ないし、安心出来る。安心できてた筈なのに、時間が経つにつれてそこから追い出された時に来る虚無に怯えてしまって、その場所に行くこともたまに怖くなる。邪魔な現実とか人間とか生活とか感情とか思考とか色々要らないものが押し入って来て、と言うより流れ込んできてしまって、その場所は押しつぶされて、結局死にたくなる。その場所で得た安心よりもさらに大きな暗い波が押し寄せてきて抜け殻になって現実逃避なんてするもんじゃないって毎回思う。逃げ場があることは有り難いんだけど逃げ場はどこまでいってもやっぱり逃げ場でしかなくて、私の居場所、というか私が居て許される場所ではないんだろうな、と追い出される度に思い知らされる。居場所なんか無くてもいいし私には猫が居るから良いんだって思ってるけど、本当にそれでいいのってうるさい人もいるからまだそこからも逃げてる。実家出て居候しながら援交しながらでATM見つけてボロ稼ぎして弟に貯金渡してとかって良い風に言ってるけど、結局最初から逃げてるだけで、追い出されり逃げたり追いかけられたりしながら、一つの場所にずっと居れることも無くて、居たい場所も無い。もしかしたら居たい場所もあったけどそこには先約が居て、結局は私が居て許される場所じゃなかったから、それを突き付けられた気がした瞬間に全部突っぱねて逃げてきた。たぶんすっごい若いとき15とかのとき、同居人と喧嘩してどうしても行くとこが無くて1週間くらいお世話になってたBARのオーナーが最近亡くなったって聞いて、まだ全然死ぬ歳とかじゃない筈なのにとか思いながら聞いてて、葬式行く行かないの話になったときに何とも言えなくて結局行かなかった。可愛がってくれてたし本当に面倒見がいいだけだったんだろうけど、言われた言葉が本当に当時きつくて無理だったことは覚えてて、感謝してるけどうまく話せなくなって疎遠になってたから行かなくて良かったんだと思う。俺は子も嫁も裏切りたくないからって言って別宅のマンションの鍵だけ貰って一度も触れられもしなかったんだけど、(たぶんそういう流れになったらなったで軽蔑してたかもしれないんだけど)嫁も子も裏切りたくないからで留めておいてくれれば良かったのに、娘がお前と同い年くらいで、とか俺は二十歳まではしっかり面倒見てやりたいからとか良い父親っぷりをちょっといい酒を舐めながら語ってくれた。それが少し続いて、胃液があがってくるのを必死に飲み込みながら顔引き攣ってないかなってそればっかりに気が行ってた。いや、それを私が聞かされてどういう感情になれば良かったの?って今でも思うし、まあ当たり障りない会話だったんだろうしもしかしたら酔って少し説教してやりたくなっただけなのかもしれない。それでも、私のこと家出少女みたいに思ってて帰宅を促す為だったとしても、お世話になっておきながら言うことじゃないけど娘も嫁もお前も死ねって思ってしまった。本気で死にたいの前に殺してやりたいと思った。気持ち悪いと思うしこんなクソガキにお情けで優しくしてくれた人とその家族に向けるべき感情としては大間違いなのも分かってるんだけど。別宅に私置いてあれこれ飯とか暖房の付け方とか世話焼いてくれながら何だかんだ心配してる風なこと言いながら嫁と子供が待つ家にまっすぐ帰っていって、その部屋で一人になってちゃんと大泣きしてしまった。人んちだからお風呂場汚さないよう気をつけながら瀉血したのも覚えてる。申し訳ないけど耐えられなかったから仕方ない。対峙していて話を聞いてる間はちゃんと、私もそんなお父さん欲しかったなあって顔をつくれてたんだと思いたい。慕ってたことに変わりはないから

。でも、特に使い物にならない小娘に親切にしてやって逆恨みされてんだからたまったもんじゃないよなと思うけど、不用意に誰彼優しくするとそういうこともあるよって優しい人に対して常に心配になるし、私が私じゃなかったら坂本さんもその嫁も娘も逆恨みで殺されてたのかもしれないなと思うともう誰がどんな言葉で傷付いて怒って恨まれたり恨んだりするのか全然わからないなって思って怖くなる。そんなことで親切に対してゾッとするほど醒めてしまってわけわからなくなって腕を切って泣いてしまう滑稽な人間が私以外に居なければ良いんだけど、そうではない可能性もあると思うから、優しい人にも優しいだけの人にも、気をつけてねって思う。私みたいな捻くれた人間が居なくなればそんな必要はなくなるんだろうけど。優しくない人はもっと関わりたくないし、もうみんな誰でも一緒かなとも思うけど。私が私にとって優しい人は?って聞かれたときに、私が嫌がることをしてこない人が優しいって思うから、そう答えたら、何だよそれって笑われた。嫌がることをしてこない人ってなかなか居ないし私が過剰に反応し過ぎなんだろうけど、初対面で距離感近い人とか基本的に無理だし、怒ったときに実際殴らなくても、殴るフリして言う事聞かせようとしてくる人すら無理になった。苦手なこととか嫌いなものとかが多すぎるから、嫌がることしてこない人、最悪無理矢理してこなければそれでいいんだけど、私が嫌がることしてこない人ってあまり居ないんじゃないかなって思った。俺は無理矢理手握ったり触ったりしたことないでしょ?ってその男の子は言ってきたけどそんなことは別に嫌がることのうちに入らなくて、ただ私を乱さないで欲しいってだけなんだろうと思う。周りがそんなんばっかだったから何とも思わなかったんだろうけど、それこそが異常だと気付けたのが良かったのかどうかも分からない。染み付いてるものがどうしようもなさすぎて、それは産み落とされた場所がどうこうって話じゃなくてたぶん私が選んだ人間が悪かった結果だし私が選んだ環境のせいなんだろうと思う。もう今は関わりもない人間が多いしどうでもいいんだけど、そのどうでもいいことを思い出してしんどくなってしまう自分の脳みそが恨めしい。私の記憶から嫌なものだけが消えてくれない。初めから嫌なものしか無かったんじゃないかとさえ思えてくる。そんな筈は無いんだけど。私は都合の良い脳みそしてるなっていつも思うけど、もう少しだけ容量良く生きてこれたら良かったのにって、どうしても思ってしまう。隣の家の旦那さんが子供だか嫁だかに怒鳴る声だけでもう嫌だ〜ってしゃがみ込んで胃液上がってきて堪えて、なんなら最近そのせいでパニック発作多いんじゃないかと思えてくる。壁が薄いんじゃなくて声が馬鹿でかいんだと思う。嫁の声一切聞こえてこないし。聴覚過敏が酷いから余計に、なんかそういう負の感情を煽るような要素が割増されてるのかもしれない。だからそういうもの全部突っぱねて逃げたくて薬飲んで現実逃避し過ぎてたら、唐突に引き戻されて突き出された現実が大き過ぎて目の前が真っ暗で何も見たくないし聞きたくもなくて、目を閉じても耳を塞いでも幻聴がうるさくて脳みそがうるさくて嫌になる。嫌になる、で終わるから駄目なんだろうけど。その繰り返しいつまでやるの?っていつまでも思うから本当にDXMでトびまくってそのまま海にダイブして、肉も骨もバラバラになって誰にも見つからないうちに静かに砂になりたい。そう言いながらも結局私は見えもしないしがらみにいつまでも縛られてる気がするから、外鍵かけてもらってそのまま倉庫で衰弱死でもしようか、とか色々、そんな現実からかけ離れた案を出して打ち消してを繰り返してる。頭おかしくなりそうって毎日思うけど頭おかしいんだよ。たぶん元から。頭おかしくなってんだよもう手遅れだよって一人で笑ってる。死にたい。死にたいって言いながら仕事してんのも滑稽で笑える。呆れ笑いしか出ないけど。いつになったらちゃんとするんだろうか私は。いつまでこんなことやってるんだろうか。この時間も自問自答も私自身も仕事も何もかも死んだら全部無意味なんだから諦めようと思う。何かに意味を求めること自体がたぶん烏滸がましいんだと思う。みんな幸せそうとかそういう子供みたいなこといつまでも思ってるわけじゃなくて、ただ少しだけ本当に静かにして欲しいし、私を乱すようなこと言う奴はみんな死んで良いと思う、どうせいつか死ぬんだから。私もどうせ死んだら全部無意味、そうなんだとしたらもうこれ以上苦しい思いはしたくない。死んだら無くなるのは分かってて、ただ死ねてない今が苦しいことに意味が無いなら、もう辞めてほしい。許してほしいし、ほっといてくれって思う。私を乱すようなことをしないで欲しい、誰も。

人を殺して逃げてた1週間の話

 

 

私がすべて打ち明けてたのは唯一の親族の旦那でもなければ医者でもなくて、大阪に居る元同居人だった。1週間の始めの記憶は、H総合病院の地下にある丸田さん(こないだ刑務所から出てきた人)が面倒を見てたバーに何故か一人で寝かされているところから始まった。天井から変な煙が出てきて、気持ち悪かった。丸田さんの携帯には弟の写真が映っていて、何かしらの理由で脅されているんだと気付いて、何をして欲しいのか何をすればいいのかと半狂乱になって掴みかかって丸太さんの部下に殴られたところで、始めの記憶が途切れている。ある時は1階にいかにもそういう雰囲気の金融会社があるビルの2階にある病室に拘束されていて、全身に刺すような痛みを感じて唸っている自分の声で目を覚した。私を見下ろして何か書き物をしている医者に拘束を解いて身体を冷まして欲しいと頼むと二人組の看護婦に強く腕を掴まれ注射を打たれてまた眠ってしまった。目が覚めて拘束が解かれていることに気付いて、足元の隠し扉のようなものに身体を押し込めると1階の金融会社に繋がっており、そこに居た金本さん(旦那の元上司)に10万円を手渡して、見逃して貰った。使おうとしたクレジットカードは何故か2枚とも止められていた。銀行に行くと残高も0になっていて、旦那に全財産を持ち逃げされた被害妄想に陥った。殺意より先に途方もない気持ちになった。旦那に裏切られたことより先に全財産が0だということに恐怖した。とりあえずの手持ちの金が欲しかったので、金融会社のビルから徒歩7分くらいのビルの地下にあるニュークラブに裏口から入り、喪服を脱いで(何故か喪服を着ていた)店長に事情を説明してスーツを借りた。何故かキャストではなくキャッシャーをさせられて、給料を受け取って店の売り上げから80万円抜いた。喪服は店に置いて、裏口から逃げ出した。そこから電車に乗って福岡行って、親富孝通りのクラブで菜々子さん(福岡での同居人)と会った。菜々子さんの実家の本家?に連れて行かれる途中に菜々子さんと口論になった。菜々子さんがお前がそんなだからこんなことになるんだと説教臭く話しだしたところから頭に血が登って来ていて、それ以降の記憶が無い。次に記憶が戻ったとき、既に菜々子さんの実家に居て、だだっ広い畳の部屋に12人程の人が血塗れで倒れていて、私は短刀を握っていた。私が全員殺してしまったのだと理解した。罪悪感は無くて代わりに捕まることを恐れて、旦那に連絡してしまおうか迷った。年寄りから若い男まで居て、全員喪服だった。菜々子さんはその中には居なかったので、菜々子さんを探さなければと思っていたら、トイレからガタガタと物音がして、そこで始めて意識があるなか自分の意志で菜々子さんの上半身を短刀で2、3度刺した。畳の部屋に戻ると金庫が目に入って、自分が菜々子さんの実家の金が目当てでこの人たちを殺したのだと思い出した。菜々子さんのことは嫌いではなかったし、ただ単に自分のことを通報されるのが面倒で殺したことは事実で、実家の連中はただ金持ちが和気あいあいと楽しそうにしていたから死んで欲しいと思った自分が居たことをその時思い出した。また電車に乗った。電車の中では私の葬式が行われていて、人は沢山来ていたけど誰も泣いてはいなくて、笑っていてそれが怖くて、でも私も遺影の中で笑っていた。私の遺影は、前のスナックで誕生日のときにママと二人で撮って貰った写真だった。ある時、私は今までと違って普通に清潔感のある病室に寝かおり、大学生?の研修生に質問されていた。質問は2時間程続いて、尋問のように感じて、点滴が鬱陶しくてそれを抜こうとするとまた拘束されてしまった。胡散臭い女の精神科医に「思い込まされる」ことを続けられて頭がおかしくなってしまう前に(何故か)精神科医の女を殺害してしまおうと考えた。福岡に居る間、私は金融会社の上の病室に居ることして貰っていたので、福岡でのことがバレることは無いと思い込んでいて、精神科医の女はたった一人なので殺してもすぐに隠せるだろうと考えていた。何故か部屋に半分に割れた銅像のようなものがあって、それで女を殴り殺した。女の死体は、病室の窓から見える山?のようなところに夜中一人で埋めて、反対側の病棟の裏の林に銅像の破片も埋めた。銅像の破片が病室に残ってたので凄く焦って、入院中の着替えが入ってる大きなバッグの奥の方にタオルに包んで入れておいた。この辺りから半分正気に戻って(たぶん旦那が病室に持ってきてた着替えのバッグを認識してる時点で正気に戻りかけてた)一部始終を大阪に居る元同居人に電話で一方的に伝えて、私がもし捕まったら迎えに来てね、と言い残したらしい。何もかも支離滅裂で私の話口調も尋常じゃなかった為に、人を殺した云々の話だけを伏せて旦那に連絡したら、髄膜炎で熱が40度越えて幻覚妄想が酷いことになってるのを知ったらしい。f:id:meke187:20190107233905p:image正気に戻るまでの約1週間の間、見舞いに来た元上司と元同僚が聞いた寝言では「いらっしゃいませ」と言っていて、それがたぶん地下のニュークラブでキャッシャーをしてた頃だろうと思う。医者が書いてる被毒妄想は、点滴が信用できないと言っていたあの頃のことだろうし、その妄想は今も治ってなくて、夜中に針を全て抜いてしまって腕を血だらけにしてしまう。「その友人は埋めた」という発言に関しては記憶が無いけど、たぶん菜々子さんのことを言ってたのだと思う。「私の遺影を持っている」の発言は電車の中での葬式の光景を見ながら言ったのだと思う。旦那が見舞いに来ている間の寝言に「死んだら終わるから大丈夫」「抜け出したら会いに来る」「殺したら許さない」と3つ聞いてるけど、その3つは抽象的すぎて何に対しての言葉なのかよくわからない。上に書いた1週間の記憶は、事細かに覚えている分だけで、本当は福岡に行く前に旦那を金本さんに殺される夢を見た気がするし、弟の死体と向き合った気もする。とにかく私の周りの人間が殺されるのが嫌だったこと、それが嫌で必死でお金を集めたこと、その2つが私の中でとても重要だったし、その重要なことの為に1週間走り回っていたことを覚えていて、その為に人を殺したけどその場面に特に現実感は無かったから精神が耐えられたのだと思う。私が正気に戻りかけているときに旦那が電話越しで誰かに(たぶん私の元同居人に)「こいつは夢と現実の区別がつかなくなってしまってるんよ」と話しているのを聞いて、こいつも騙されてるのかと思った瞬間があった。何か争い事になったときに、自分を曲げず自分が正しいと自分の中だけでは思っておこう、と昔から誤魔化しながら生きてきたつけがここに来たのかと思った。実際に私は夢と現実の区別がつかなくなってしまっていたし、私は人を殺していないのに、私が見たことが正しくて現実だと思い込んでいたのが気持ちが悪かった。私の妄想はまだ続いていて、この間看護婦が私の着替えのバッグから着替えを取り出そうとしているときに発狂して大事になったし、今考えればそこに血が付いた銅像の欠片が入っているはずもなくて、精神科医の女も生きていて診察に来るのに、私はまだそこから何かしら殺人の証拠が見つかることを恐れていて、自分がしてること言ってること考えてることの意味がわからない。意味がわからない、というより辻褄が合わなくて気持ち悪い。それが現実じゃないとしっかり考えれば分かることなのに、それを理解している自分も確かに居るのに、それに対する恐ろしさだけが私の中に残っていて、目の前が真っ暗になる。気持ちが悪い。そんなことをずっとぐるぐる考えていたら本当に頭がおかしくなって、夢を現実だと思い込んで夢の中で人を殺していつの間にかそれが現実だと気付かずに人を殺してお金を集めて、弟が殺されない為に集めたお金なのに弟のことも気付かず殺してしまって、なんて妄想が止まらない。弟の現在地も知らないので、大丈夫だと分かっているのに。怖いし、気持ちが悪い。電車の中の私の葬式だけが現実なら良かったのに。少し前から悪夢にうなされることも少なくなって、眠剤とデキストロメトルファンを貯めておいて気を紛らわしたり、少し多めの眠剤でゆっくり眠ったり、自分なりに自分を追い詰めないようにギリギリで留めておけるように工夫してはいるけど(悪夢に戻りたくないので)、本当は今すぐ注射か何かで殺して欲しい。私が死んでしまえば、私の中での心配事は何も無くなる。旦那が死んでもたぶんそこまで落ち込まないけど、何かのせいで加害されて、私のものを奪われるというのが気に入らないのだと思う。私の周りの人間を私以外の誰かが加害するということが気に入らないし、それ以外のことで居なくなるなら全然構わない。今回の1週間の記憶が、それを恐れていてそれも私を追い詰める原因になるんだと教えてくれたので、そろそろ一人になることを考えてみてもいいかもしれない。周りに人を置くと便利で楽で何かしら楽しいこともあるけど、こういう心労が増えるくらいなら一人で居たほうがましだと思う。私の心配事のせいで私の妄想が肥大して、そのせいで周りの人を失う結果になったりしたら、自業自得では済まないのは当たり前だけど、それより私が正気で居られる自信が無い。切羽詰まったときに連絡が行くのが元同居人だと分かっただけでも大きな収穫だと言える。私の根幹にあるのは、それをつくったのはあの男と暮らした時期なのだと分かったし、それを旦那に知られてしまったら、もう一緒には居られないだろうと思う。目を瞑ってるとき、私が全て打ち明けたのが自分でなくて悲しいと話してるのを聞いて、私もそれが不思議で悲しくもなった。代わりに納得もした。頼りになるのは旦那だけど、全て打ち明けてから一緒に居られるほど心を許してるけどわけではない。言えないことがあるのはお互い分かっていただろうけど。悲しい。全部知って全部言えれば、それが一番良いというわけではないのは理解しているけど、全部知って全部言える相手が別に居るのでは駄目だろうと思う。難しいし何も考えたくない。考えなければいけないとも思う。

夢の不在

 

 

 

なりたいものがあった。なりたかったものがある。なりたかったものがあった。全部忘れたけど。全部無かったことにしたくて本当に全部無かったことにしちゃったけど。本気とか一生懸命とか返り咲きとか大逆転とか波乱万丈とか健気とか苦労とか青臭さとか若さとか、全部引っ括めて大昔に捨てた。なりたいものがあるということは将来がある(と仮定している)ということで、そういうことについて熱く語っちゃう人間味は薬と酒と胃液と一緒に吐き出してトイレに流してしまった。夢をみるにしても、就きたい職に就くにしても、環境が必要だったり努力が必要だったりお金が必要だったり、それら全てが必要だったりする。夢はみるものじゃない、夢は叶えるものだ。そう言われて素直に笑ってあげられるほど、そういう人間に寛容であれたら良かった。夢は追い求めるものだって少年Bが言ってた。私は毎晩悪夢に追い回されてるよ(笑)なんて言わないけど。言えないし。笑えないし。夢を見るのも夢を叶えようとするのも追い求めるのも、全然構わない。好きにすれば良いよって思う。夢を持つ資格(資質かもしれない)を持てるのは、健全な自分を持ってる人間だけだ。健全な自分というものを、持たせて貰えた人間だけだ。そう思ってるけど全然そんなことなくて、ただ自分にそう言い聞かせて思い込ませてブレーキかけてるだけなんだ、たぶん。私の7割は僻み妬みという泥沼で構成されてるので、夢に向かってスキップしてるキラキラ人間が近くに居るとそれはもう眩しくて眩しくて、自分の卑屈さとか怠惰さが色濃く映されてしまって、余計に僻んで羨んで、人間からかけ離れて距離を離され過ぎて最後は泥人形になってしまう。どんだけ自分に自信があんだよって冷ややかな目線を送りつつ、目蓋の裏には怠惰という概念を擬人化したかのような人間=少女Yが醜く映り込む。いつになったら少女Yは死ぬんでしょうか。生きることも死ぬことも侭ならない。生きようとする人間を嘲笑しながら、死人を羨望しながら、中途半端に浮かんでる死んでいないというだけの死人。自分だけが膜の内側に籠もりながら、自分だけは幕の外側に居るつもりで、悲しいほど愚かだ。これがやりたいとか、これになりたいとか、そういう偶像を見てられるなら、いつまでも生きていけるんじゃないの。捻くれてる私は間違ってると理解しつつも、そう言わずには居られない。目指して、追い求めて、叶えてしまえばいいじゃんか。時間も、お金もあるんだから。足に力が入らなくても、つかまり立ちできる程度に支えがあるんだから。どこまでいっても誰かと誰かの子で在れるのは、ある種の人間からしたらとてつもなく羨ましいものなんだということを、頭じゃなく身体で、理解して居ないんだと思う。誰かと誰かの子で在ることが、時には足を引っ張るものだというのは承知の上でね。私は理解している、と断言されたら、鼻で笑ってやる。理解していたらそんな言動、とてもじゃないけど恐ろしくて出来ない。絶対に。理解していないんだろうと思う。何も知らないけど。何も誰も聞いてないけど。頭で理解するなんてことは、言語を、文章を通して、少し離れたところから見れば良いだけなので、容易だ。そんな話じゃなくて、床の冷たさとか、尺骨の突起の痛みとか、皮膚が錆びるような虚無感とか、そういう身体的な傷みが、分からないだろうってことで、分かるはずも無いんだけど。だから夢なんて見てられる。それは素晴らしいことだ、素敵だ、最高だ。そう言って、送り出そうと思う。だから嫌なんだ。だから嫌いなんだ、比べてしまうから。どうしても、比べてしまって、でも話にならない。なるわけがない。だって、傍にいない。そして、傍に居るんだと思う、それでも。全然笑えない。主観でしか見てないわけではなくて、客観的に見れてるわけでもなくて、幕の外から見てるんだ私は。申し訳無いけど、そこからしか見てられない。若さや無邪気さなんて、そんなのがプラスに働くのは本当に若いときだけだ。若さって、若くないと何も意味がない。ある意味子供だし、ある意味もう大人だから、なんの役にも立たない。自分は大人だと自覚して、子供だと痛感して、その繰り返しだよ。毎日見定められて、大人で在れ、子供の癖に、そうやって追い詰められて擦り減っていって残った数が今もう21ってだけだ。若さってのは未熟さでもあるから、仕方がない。でもそれで痛感してしまっているから、もう同じ場所にはいられない。元々、かけ離れたものではあったけど。口から手が出るほど、だったのは私だけで、それは誰も知らないけど。傷付いたわけでも無いから責める気にもならなくて、ただもう私はまた膜に篭ろうと思うだけ。何も変わらないし変わってない。私は夢をみない、みようとしないだけ。どっちが幸せかなんて分からない。どっちも幸せかもしれない。まだ、袂を分かつことになるかどうかは分からないしもうたぶん知らないけど、離れることが出来れば良いね、とも思うし、一緒に居られたらそれが一番良いのかもね、とも言ってあげられる。言ってあげられるってだけ。夢を見続けることが出来てるんだから幸せを噛み締めろなんて、そういうことを強いるつもりはない。流されやすいと宣うなら、流れが強いのはあちら側だったんだねって思うし、結局、という気持ちが少なからずあるのが残念でならない。夢を見るのは幸せだ。夢を見ていられたなら幸せだった。分からない。職に関しても家族に関しても、同じことが言える。井戸の底へ一滴だけでも光が差し込んでくれていたなら、と今更だけどそう思う。仕方がない、仕方がないよね。誰も、井戸の口を開けようとしなかった。井戸の底にただ在るだけだった私も悪い。受動的だ。良くないね、人間。自殺も、受動的だ。

小便ぶっかけられて喜べる変態なら良かった

 

 

故郷というものに縁が薄い。というか思い入れがあまりない。故郷、ふるさと、どっちでも良いけど、もちろん良い思い出ばかりではないのは、誰しもそうなんだろうと思う。それを分かったうえで書くと、私の中には特に帰りたい場所というものが無い。よく思い返せばあるのかもしれないけど、今は特に思い当たる場所が無い。故郷とは、生まれ育った場所、自分を育ててくれた場所、自分を造った場所、帰りたい場所、色々な意味合いで使える言葉だと思っていて、そう考えると、全てバラバラになってしまって、どこが自分の故郷なのかと聞かれると少しややこしい。本来の意味で言えば、普通に実家なんだろうと思うけど、あそこは私の家ではないし。思えば私は、根無し草というか家なき子というか、結婚するまでは他人様の住居を転々として生活する居候人間だった。ヒモとも言う。子供の居ない知り合い夫婦の家に一週間近くお邪魔するというなんとも奇妙な生活をしていた時もあれば、一週間ラブホに閉じ込められる(語弊)生活をしてみたこともあった。恋人が居ても、とにかく独り暮らしは必須で、頻繁に親が様子を見に来るなんてことがない成人済みの人間を見繕って同棲(というか居候)するのが基本だった。今よりもっと若い10代の頃、成人済みの恋人の家に親の奇襲イベントが発生すると、慌てて家を追い出されていた。外で一人で時間を潰している間はひたすら虚しくて、よく分からないグチャグチャした感情に押しつぶされそうになっていた事を思い出す。今までどこに居てもそこは他人の家だったから、結婚した今でも自分の家ってのがどういうものなのか、どんな顔をしてそこに居れば良いのかがよく分かってないところはあって、自宅に一人で居ると疎外感のようなものがポツンとシミの様に落ちてることがある。だから、自宅に一人で居て「帰りたいなあ」と思ってることが多々ある。そこ以外に私が帰れる場所は無いのは分かっていても、どこかに帰りたくなる。今までの恋人同様に、今この人にこの家から追い出されたら、私の中だけでも出ていかざるを得ない状況になってたら、そしてここが一生帰れない場所になったら、実際どこに行ってどこに暮らすだろうと考えてみる。現実的なのは大阪の元同居人のところだろうと思う。どこに居ても、いつでも行けていつまでも居れる、居て許される保証があるのはそこしか無い。ある意味実家のような場所ではある。家がないから泊めて欲しいと言って家にお邪魔したとき、同意のあるなし関係なく私に手を出して来なかったのは、異性愛者の男性と独身の男性だけで考えると今の旦那と、この元同居人だけだったと記憶している。そういうところもある意味信頼のおける男ではある。若い女が一人で男の家に行くんだから、もちろん手を出してきた男達に文句をたれる気は無い。無いけど、馬鹿そうな男数人のたまり場で全員同時に相手させられた時は、流石に酷いと思って自嘲含めてボヤいたことはあった。仕方ないと思ってた。公園なんかで寝て蚊に刺されまくってホームレスとかそこら辺の変なのに犯されて変な病気にかかるよりはマシだと思ってた。普通の人からしたら公園で一晩寝泊まりするくらいでいちいち大袈裟だとか被害妄想だとか思うかもしれないけど、私からしたら仕方ない。そういう馬鹿みたいな生活してた中で、その元同居人の存在は本当に有り難いもので、本人には言わないけど今でもかなり感謝してる。私に手を出さないのはロリコンじゃないからだっていつも言ってたけど、別に今までの恋人とか私を家に泊めた男達も、全員ロリコンだったわけじゃないと思う。そもそも私はどう考えてもロリ属性ではないし。ただ私が好みだろうが何だろうが、手を出して来なかっただろうなと確信はないけどそう思えるような男で、そういう奴は良いなあと思う。そしてそれ以外の人間は、逆に相手がロリじゃなかろうが好みじゃなかろうが、ヤれるんならヤっとこうくらいのノリでそうしてたんだと思うから、別にそれが変だとは思わない。手を出すのが当たり前で、こっちが黙ってヤラれてあげるのが当然だとも思わないけど。男の人からしたら、私が一人でノコノコとやって来るのだから、泊めてやってるうえにSEXの相手もしてやって、何を文句たれることがあるんだ? と思うのだろう。むしろ、自分のことを親切だとでも思ってそうだ。痛いも待っても聞こえないフリをされていたのはそういうことか、と今頃納得している。今更ここでグチグチ文句をたれるのは非常にかっこ悪いことだという自覚はある。そして、嫌だったのも本当だけど、断る権利がないのも知ってはいるけど、それにしても酷いなあと思って今更一人で泣いてしまっている。別に、酷い男だと言って責めるつもりも無い。無いけど、顔を踏みつけられながら縛られて身動きもとれなくて、そういう中でそういうことを平気されて、喜んでたわけじゃないよって誰に対してでもなく言い訳したくなる。物みたいに扱われるのも全然構わないし、相手からしたら文句を言われる筋合いも無いんだろうけど、勝手に、許さない。もちろん仕事のときは笑顔で享受してた。けど、そうじゃないときに、頭のおかしい馬鹿に殴られながら突っ込まれて、喜んでたわけじゃないよって一人で言い訳してしまっている。やりきれない、全部。何しても、されても良いと、お互い思ってたはずだから、仕方ないけど。何しても許される相手に対して、ああなってしまう人間は恐ろしい。でも私も男に生まれてたら、ああなってたんだろうと思う。だってどうでもいい人間なんて、泣こうが喚こうがどうでもいい。死んでも変わらない。それはわかっていて、ただ自分がそうされて嫌だったのは知っている。私が男で、相手が物みたいに扱われても文句一つ言わないオナホみたいな女だったら、乱暴にしてほっぽり出す。人間そういうものだと思う。私が甘んじてそれを受け入れるのだと、勝手に思われてしまうのも無理は無いなと今更思う。誰が悪いかと問われれば自分でしかなくて、虚しい。そういう時間のことを思い出すと、惨めで笑える。そういう時間が長い自分だからこそ、元同居人とあの部屋で過ごした何とも言えない時間は、貴重で、素敵だ。楽しかったとも辛くなかったとも言えない時期だし、決して死にたくなかった わけではないけど。あの部屋を私が故郷で実家だと呼べたら良いのにと思うくらいには、素敵だ。私がもっと素直で前向きだったら、あの部屋で元同居人と過ごす時間がもっと長かったかもしれないと思うと、自分がとことん嫌になる。私の身勝手な行動で迷惑をかけて、何も言わずに出てきてしまって、その時は特にそこに帰りたいとも思わなかった。ただ、また住むところを探さなきゃなあって、ボンヤリフラフラしてた。思い入れを持つとか、そういう感情の幅もその頃は無かったから。仕方ない、そして今更だ。たまには連絡してみようかとも思うけど、また説教じみた言葉をかけられて幸せな気持ちになってしまうのは申し訳無いから、出来ないでいる。そういう人間と居ると私の強度が下がるので、また一緒に暮らしたいとも思わないけど、もし何かあればそこに行こうかなと思う。一度別れたらよりを戻さないのと同じで、一度出てきてしまったらもうそこには戻らないと、カッコつけてそういう主義を貫いてきたけど、そこは大阪に拠点がうつったのでノーカンで良いか、と勝手に決める。私は自分に甘いから。みんなとは言えないみんなが持っている実家とか故郷というものを、無理矢理に見つけ出して、位置づけておかないと、やってられないし、やられてしまうのだ。

 

本来書きたかったこととは全然違うのに思い出してしまったので、涙が止まるまで、蛇足ではあるが書いていこうと思う。ここに書いて文章として目にすると、余計に辛いんじゃないの? と心配してくれた人も中には居たが、どんな気持ちで書こうが文章は文章だし文字は文字だから、何も恐ろしくない。むしろ吐き出さないまま私の脳内に蠢いている映像の方がよほど状態としてよろしくない。服を脱がされて、身体を見られて、それを見た人間には、触るか隠すか舐めるかなど、色んなパターンがあったように思う。私は自分の身体がどんな風に思われているのか、大体は想像がつくから、上だけ着ていようかと声を掛けたけど、大抵は着なくて良いと言う。可哀想に、と言いながら汚い性器を擦り付ける男が、最高に気持ち悪かった。キスして、舐めまわしてくる男も多かった。私がそういうのを好むんだと勘違いして、上から跡を増やした人も居た。どれも傍観したり、享受したり、私の反応も時と場合によって変えたけど、それを見たときの反応、それを見た上での行為で心理テストが出来そうなくらいだったのが、笑えた。今は泣いてるけど。馬鹿みたいだと自分でも思うし、それが自分に酔っている人間の反応だと言われても否定はしない。面倒くさいから何も思わないふりをしたし、今更その跡が一つや二つ増えたところでどうでも良かった。綺麗に戻るわけでもないし。それを見て同情してくるような人間も居て、逆に、興奮すると言って、ドS気取りになる馬鹿も、全部見てて笑えた。死ねばいいのにと思うけど。抗おうとも思わなかったのは、怖かったからという理由も少なからずあったのは、分かって欲しい。殴られてるとき、目につくところは辞めて欲しいと言ったのも、目につかないところは好きにしていいとかそんな意味ではないし。DVの元彼にも言ったけど、面倒くさいからだ、本当に。顔や瞼を腫らして人前に出るのも、それで警察にバッタリ出くわして、私が子供だと分かったとき、面倒くさいのは私なんだと思ってたから、仕方ない。殴られて、蹴られて、視界が塞がって、そのまま生活するのも、面倒くさいから、辞めてほしかった。目につくところに青痣ができて、それをりゅうくんとかおぐっちに見られて、二人と元彼が揉めるのも、そこ三人が険悪になるのも、私からしたら面倒くさかった。私が好きで、殴られても蹴られても一緒に居たいんだと、そう思われて放置されてるままで全然良かった。まさかそのあと助け出してくれるとは思わなかったし。そういう人間が居るともその時は思わなかったし。それなら早くそこに助けを求めてればよかったと、あとになって気付く。私はいつも、何も分かってなくて大事なことは何一つ考えてないから、そういう人生なんだろうなってボンヤリ思って、それに抗わないことも大人なんだと思ってしまっていた。仕方ない。誰も教えてくれなかったし、DVがあんなに酷くて、私の肋骨が折れてることも誰も、私も知らなかったし、的屋の連中も親方も、たまに喧嘩してたまに叩かれてる程度だと思ってたのは知ってたし、全部仕方なくて言わなかった私が悪い。たまに手が出るってのは、その人たちからしたら当たり前だったし、それはそういう側の人間からしたら特におかしいことではないのもなんとなく知ってたし。おかしいのは私だと思ってたから、謝って、謝りながらヤラれてた。頭が悪いと、こういうことに気付かないから、学校とか勉強とか大事なんだなあってボンヤリ思いながら殴られてた。全部仕方ない。その時はそこしか無かったからそこにいたってだけなので。一度殴られたら(ここで言う殴られたらってのは、殴られたことがあるかどうかじゃなく、殴られるのが日常だったことがあるかどうかってことで)その次も何故だかそういう目にあってしまうことがあるらしい。DVされてた人は、なんかそういう臭いみたいなのが染み付いてるって誰か言ってた。それに、殴られてた過去を次の恋人に打ち明けちゃうことも、良くないらしい。私は言わなかったけど、身体を見たらそういうことされてたんだって分かってしまうから、意味がないけど。ただ、殴られてた人が、殴られてた経験があるのを知らせてしまうのは危険だと、これを読んでる人がもし居たら、分かっててほしい。そしてそれを知った上で、そういう過去を打ち明けてしまう人も居ると思う。その過去を打ち明けて、そういうことで優遇されたいと思ってしまう気持ちは、分からなくもないから、何も言えないけど。そういう過去で、次の人に優遇されようってやり方は、あまりよろしくないよって、小声で伝えておきたい。殴っても良い人間だと、そういうラベルを貼られたくなければ、黙っておけば良いと思う。話が逸れた気がするけどとにかく、私のそういう跡を見た男は、その跡から滲み出てる何かを吸い込んでしまって、暴力的になってしまっているのかと思った。そんなはずないけど。嘘だけど。そんなはず無いだろ、おかしいだろ、と普通に思うし、そんなの見ちゃったらどうしていいか分からなくなって、酷いことしても良いのかと勘違いしちゃうことも、まああるだろう、とかそんなふうには思わない。分からない。私以外に私のような醜い人間を私は知らないから、全然一つも分からない。忘れたくても、忘れられないし、そういう記憶を無くそうとも、全部背中に染み付いてしまっていて、剥がれない。剥がせないし、どうしようもない。死ぬしかない。死んでも剥がれないしどうにもならないけど。笑える。泣いてるけど。憎いとも思わなくなってきた。自分が全部悪かったのかもな、とか昔みたいにそういう方向で考えるよう自分に、最近また戻ってきているのかもしれない。どういうふうにどこに落ちつかせるのが正解なのか分からない。記憶喪失にでもなれば良いのかと思うけど、この身体じゃ、何かしら察してしまうだろう。そして性格は変えられても性質は変えられない。ヒソカみたいに変化系ならそれも出来るんだろうけど、私は変化系じゃないので。駄目だ。何でこんなに辛いのか分からなくなってきた。もうそろそろ潮時じゃない? ってずっと言ってる気がする。そして私はいつになったらあるべきところに落ちつくのだろうか。落ちて、そこに着ければ良いのだけど。人生を、マッチ箱のように扱わなければいけないものを、ゴミ箱のように扱われてしまって、汚い精液が染み込んだティッシュとか、可燃性の何かとか、色々ゴチャゴチャに詰め込まれてしまって、マッチ箱の中身は湿気てしまってるので、マッチ棒に火は付かないし、箱ごと燃やすかゴミ箱に捨ててしまうしか方法はない。頭に刺さった釘が痛むので、ボルタレンをジンで流し込んで、釘を溶かしてみよう。おやすみなさい

「この世はわからない事だらけなので僕のして来た事は全部許して下さい」

 

 

 

住田くんが父親の頭をブロックで殴りつけてるその時に裏の家では母親に「ご飯よー」って呼ばれてる兄弟がゲームか何かして遊んでて、吐き気がした。私は父親を殺したこともなければ600万の借金を肩代わりしてくれる友人も居ないので、普通の範疇を超えていない側の人間だと思う。だから住田くんに心から共感したり自己投影したりは出来ないんだけど、何でこんなことになったんだろうとか何で普通で居られないんだろうとかそういう色々の理由が全部環境というか運だって分かってるつもりで、だから余計にしんどくなってしまった。もちろん父親を殺したことが無ければ普通の人間だと決まってるわけではない。ポイ捨てしない人間が必ずしも善人であるとは限らないし、ポイ捨てした瞬間から悪人になるわけでもない。普通の線引きが分からないし、色んなものの線引きが分からない。例えば普通とそうでないものの線引きがあるとしたらそれは時代によって、国によって、環境によって、人によっても変わる。変わるんだろうけど、普通という言葉を人は多様する。私も多様する。普通に考えたら分かるよね?普通にしてれば出来るよね?と言って人を責め立てることをした事がある。でも本当は言葉に責任が持てない。言葉自体が不明確で、私の主張もそう、「一貫性が無い」という一貫性しか持ち合わせてない。自分の考え、思想とか、主張みたいなものもたぶん全然無い。その時その場での感情があるだけで、何かに対して一定の感情を向けてたりとかも無い。自分の性格もよく分からない。ただ「そういう風」な人間を好む人間に、「芯がある子だね」とか「きちんと自分を持っているんだね」みたいな言葉を吐かせる為のものだ、私のその場限りの主張は。そういうのを何年も何年も何年も繰り返す為には私の主張、私の芯とか私の性格みたいなものがない方がたぶん楽で、「キャラ」みたいなものが定着してしまうのは全然構わないけど、じゃあその人間の中身を曝け出そうという話になったときにそれが私の中に定着してしまっている状態だと、あらゆる場面で融通が効かなくなる気がする。私は本当に不器用で頭の悪い人間なので、自分の中にしっかりと意思を持ちながら別の人間を演じたり、自分の中の意思をねじ曲げて包み隠して全く別の思想を持った人間に成り代わることは出来ない。本当は、いつもしんどくて思ってもないことを口から吐き出すのも苦痛で、嫌々演じてて、軽やかに生きていけてない。私は、割と平気じゃない、今。思ってもないことを口に出すのも、好きでもない人と喋り続けて機嫌を取るのも、全然平気じゃないし、得意じゃない筈だ。でなければこんなにしんどくなる筈がない。しんどいし、全然何も忘れられないし、いつも頭にこびりついて離れなくて、自分に自信がなくて虚勢をはるばかりで、辛い。人と関わるのもすきじゃないし、友達と呼べる人間がたくさん居るけど、居るって言ってるけど、本当は要らないし、一人で良い。全部疲れる。自分をどんな人間に見せかけようとか、自分のことを良く見せようとか、そんな事ばかり考えながら人と接して、それが自然に出来てたと思ってたのが馬鹿みたいだ。自分のことが何も分からないと思ってたけど、本当は誰のことも何も分かってなくて、みんなは全部何もかも本当は分かってて、分かってて私がそう演じて取り繕ってるのを見てわらってるんじゃないかと思うと人と関わり続けるのはもう怖い。本当に、それを自然にやってると思い込んでてそれが身についてると思ってたけど、そう思ってるのは私だけだったらどうしよう。嘘つきの罰は、人が信じてくれないということだけで無く、他の誰をも信じられなくなることだというけど、人を信じたい気持ちはもう無くて、信じてるフリをしておいて裏切られても困らないようにしているつもりはある。そうやって生きてるけど、本当は、嘘がバレることが一番怖くて、親しい人には私が親を捨てた親不孝者だっていう風に話してて、そういうバカで何も考えてないちゃらんぽらんな人間の様に見せかけようと必死なのに、それがバカみたいな嘘だってみんなが知ってて、今でさえこんなに惨めなのに、それがどっかの誰かからバレてたらどうしようってずっと思ってる。でもそうだったとしても私はたぶん人のことを何も分かってなくて人の気持ちも本当は分かってないので、気付けない、自分が思ってることもいつもわからないし、自分がやりたい事とか、無い。だから何もしたくない。本当はたぶん仕事頑張ってる自分とかも好きじゃない。褒められたいとか認められたいとか、そう思ってるんだと思ってたから、褒められたいとか認められたいとか言ってたんだと思うけど、そういうのも要らない。頑張ってないし、頑張りたくもない。全部取り繕うのも意味がない気がしてきた。誰の為にこんな事してるのかも全然分からない。全部意味がない。だって最初から無理だった。意味がない。結局そこに行き着くのかって思う。私が頑張ってたつもりだっただけで、全然頑張れたことない。自分の為に人を動かして、たぶん出来るだけ人のお金で生きてきたけど、結局どうにもなってない。どうにかなりたくて、必死なつもりで、成り上がってきたつもりだったんだろうけど、全部最初から無意味で、馬鹿みたいだ。頑張ったつもりになって自分に酔って居られれば良かったのに。私に出会って私を好いてくれて内面を見た気になって見せた気になって、そうやって深い仲になったつもりに、お互いなってしまっている人に、貴女に出会えて良かったと言ってもらえたこともあるけど、その言葉を掛ける相手が私である必要は無いし、その人が私と出会ったタイミングで、その人と何か深いっぽい話をして仲良くなったつもりになる相手も私である必要はお互い無いし、私が誰かと関わる必要って本当に無い。拗ねてるわけでも何でもなくそうだったら良いなと今だけかもしれないけど本当にそう思う。全部そういうしがらみが鬱陶しい。終わらせたいのか、停滞していたいのか、そういうのも全部分からない。誰かに委ねたいとさえ思う。全部考えることが面倒で面倒なのに辞められないのが本当に嫌だ。こんな風に、被害妄想なのかそれが妄想なのかも分からないような考えがずっと止まらなくて、これが私の昔からずっと変わらない性格なんだと思う。時分の性格も何一つ分からないとさっきまで思ってたのにもう主張が変わる。「本当の自分が分からない」とか「私は空っぽな人間だ」とかそういう10代の、思春期のありがちな悩みというか自己陶酔に、陥ってしまっててそこから抜け出せなくて、自分が気持ち悪い。自己愛が強いんだろうか。もしかしたら自己愛の塊なのかもしれない。こんな風に頭も悪くて使い物にならない脳みそだけがいつも動いてて、自分が性根の腐った人間であることを自覚している筈なのにまだ死ねてないし、呑気に水商売とかやって酒飲んで薬飲んで酔ってラリって馬鹿みたいに惰性で生きて、何が楽しいんだろうか。でもまだ死んでないし、やっぱり将来にまだ希望とか持ってしまってるんだろうか。馬鹿みたいだ。ここにこんな風に書き出しても何もかわらない。自分が自覚しなければいくら文字におこしても何も分からないし変わらない。何でこんなことになったんだ、と言うと高いところから転落したみたいでしっくり来ない。元々こんなものだしそんなところからのスタートだったわけだし、そこから抜け出せなくて這い上がれなくてなんとか昇華したつもりになってたのも滑稽で、結局私は何もどこにも行けてない。死んで欲しい人間が本当にたくさん居るけど、それよりまず先に自分が一番に楽になれたらそれが一番良いと思える。死に急ぐこともないと思うけど、惰性で生きるのも違う。まっとうに生きることも出来なくて、本当にどこもにも行けない。逃げ道が無い気がしてくる。誰にも何も理解されたくない反面誰かからの何かを欲してる気もする。やり直せるとか、今はそうかもしれないけどいつかとか、そういう希望を持たせるような言葉を私に向ける人間は浅はかで何も分かってないと思ってしまう、本当に生まれてきたくなかったと心から思える人間とだけ話をしたいとも思う。今は腐ってるだけだとか変われるとか、そんな事はない。生まれた場所とか、育った環境なんてのは、先天性の疾患と変わらない。私が何かを選択してそこに産み落とされた訳ではない。私が今こうなってるのは私のせいだけど、そこで植え付けられたものは変えようのないものだったと思う。そこから這い上がった人も居る、そこから更生した人も居る、精神疾患寛解した人が居る、そんな事は知った上でこっちも言ってるのに。その人はその人であって私じゃないし、私に与えられた選択肢にはそこに行き着けるだけこものが無かっただけで、これは私のせいだけど、その辺に関して私以外に私を責める権利は無い。私以外の人間が変われるとか立ち直れるとか、言える事じゃない。変えられない事が多かったし、選べない事が多すぎたのを知らない人がそういう事を平気で言ってくる。出生を選べるシステムがあるとしたら私は生まれて来なかったってずっと思ってるのに。ずっとそうなわけじゃないって、そう言われるけど、それは病気の話なのか私の話なのかも分からないし、ずっとこうな訳じゃないけど、ずっとここから抜け出せない。同じところをグルグル回ってるだけで、実際何一つ好転したことなんて無い。いつまで腐ってるんだとか、そう思われるかもしれないけど、そうじゃない。腐ったものはもう元の状態には戻らない。そんなのは普通のことで腐ったものは破棄するのが当然なのに、人間にはそれが通用しない。分かってもらいたいとは微塵も思わなくて、ただ分かったフリをして欲しくない。分かったつもりになってなだめられたくない。私はこんな風に誰かに怒りたい訳じゃなくて、ただ一定の距離を踏み越えたところの先には何も触れてほしくなくて、無理に掘り返したり聞き出されたりとかそういう余計なお世話の無駄な善意にうんざりしてる。ぽっと出の知人Aに話して解決するのなら、今頃こんな身体になってない。元から駄目な人間なんて居ないんだとか元から悪い人間なんて居ないんだとか、それが分かってて何故「少し休んだら良くなる」って平気で言うんだろうか。元から駄目な人間が居ないということは、何かがあって駄目になった人間だってことで、駄目になるまでの過程で何があってどうなったのかも知らずに、何故誰もが、というか私が元の駄目になる前の状態に戻れると思い込んでるんだろうか。理解されたくない。理解出来ると思われてる事自体が不快で、そんな浅はかな人間と話すことなんて何も無い。頑張ればどうにかなってきたんだろうな、と思う。頑張ればどうにかなるのはそういう事だけで、そういう事にしか出会わなかった運が良い人間だけで、そういう運が良い人間と話したところでこっちが救われることなんて何も無い。こんな捻くれた人間はもう修復不可能だから、放っといてほしい。私の何かを変えてあげられるとか、思わないで欲しい。ちゃんと突き放す言い方をしてそれを遠回しに伝えたつもりなのに、何一つ伝わっていないのか、伝わった上であえて鈍いフリをして踏み込んで来ようとしてるのか分からないけど。普通のつもりでやってるのに、普通が遠いから何も見たくないし聞きたくない。普通を追うのは疲れるけど、そういう不確かな目標を頭の中に創り出さないとやっていけないと思ってて、でも今はその虚構を追い求めることにも本当に疲れてしまった。届かないことにも本当は気付いてて、でもそうするしか無いからと思ってやってただけだし、実際心から普通になりたいと思ったこともないのかもしれない。追いつこうとしながら普通のフリをして溶け込めてるつもりでいたのも、今思えば本当に滑稽で笑える。最初から駄目な人間も、最初から悪い人間も、絶対に居ると思う。元々悪い人間しか居なくて、善い人間なんて言われてる奴らは悪い人間達のの上澄みの部分だろうと思う。子を産み落とすことは殺人と同化だとも思う。でもこれが正しくないのも分かるし、たぶん今だけ感情がたかぶってそう思うんだろうなってのも何となく分かる。もう何を書きたかったのかも今分からなくてこれを書いてどうなりたいのかも分からないし、これを書いて残しておくことが私にとって良いことなのか悪いことなのかとかも全然分からないけど、少し頭のガチャガチャした層が剥がれてきて脳がクリアになっていってるのが分かる。これをこのまま全部ぶち撒けてしまえばもっと楽になることは沢山あるんだろうと思うけど、誰に伝えたいのか誰にぶち撒ければ正解なのかが分からないから、これは誰かに伝えることなく終わる筈だ。私はいつも自分のことは自分が一番分かってると言い張るけど多分人が思ってるより自分のことを理解出来ていない。何より感情に付いていけてないのが現状なので、これを誰かに伝える前に自分で読み返して数分か数時間か数日前の自分の感情を理解して、自分の操縦が上手くなる為の糧に出来たらそれで十分だ、ということにしようと思う。そういえば今思い出したけど、冒頭で書いた住田くんの話をしたかったのも、今日これを書こうと思った理由の一つだった。住田くんは、古谷実の描いた人物の中で割と好感度の高い方に居て決して好きでは無い筈なんだけど、見てて心を揺さぶられる気がするので、多分心の底では少し好きなんだと思う。ちなみに映画も好きだけど、ラストに救いが無いので、そこは悲しいなと思う。このブログタイトルも、古谷実の漫画に出てくるある人物の台詞なので、このブログをもし誰かが読んでくれたとしたら、古谷実をオススメしておく。それでは休憩が終わるので、これから自転車を組み立ててきます。もし読んでくれた人が居たら、ありがとうございます

トイレ爆破装置

 

 

みなさんお元気ですか。風邪をひいていませんか。風邪をひいたのを言い訳に風邪薬や咳止めを大量に買い込んでいませんか。薬局のババアに睨まれて情けない思いをしていませんか。ブロン代計算したら5万近くて口座の残高を見て頭を抱えてはいませんか。赤ワインを一気飲みさせられて盛大にこぼして白かった筈のブラウスが赤く染まっていませんか。白かった筈の壁を己の血で赤く染めてはいませんか。私は元気です。最近特に何も考えず生きてる気がして良い感じに脳みそがサボり気味というか休まってるんじゃないかと自分なりに考えている。前みたいに自分に内蔵された嫌な記憶が脳みその真ん中に居座って大画面で延々とリピート再生されるでもなく、普通にものを考えれる形にはなっている。何をするにも思考が先回りしてビビって前にも後ろにも進めずにいた私がようやく周回くらいは出来るようになったって感じだ。成長はしてないけど停滞しているけど、確実にジワジワと脳みその右後ろあたりから麻痺していってて、これは仕事する上でとても楽チンで、ここ最近わざわざブログに書くほど何かに悩んでて何かに苦しんでるということも無い筈だ。ただ停滞しているということは今までのしんどさを保ってるということでもあって、相変わらず不眠だしたまに寝れば悪夢を見るしふとした時にフラバするし過呼吸もあるし希死念慮は常駐しているので腕もズッタズタだし。ただこれは慣れたという言い方は変だし慣れたのとは少し違うんだけど、なんというか普通にいつも通りって感じだから他と比べて不幸だとか苦労してるだとか苦しい状況だとかそういう訳ではない。ただの通常の私って感じ。そう、特筆すべき事はほぼ無い。そして今これを書いてて気付いたことがあって、最近脳みそが暴走しないのは麻痺してきているだとか落ち着きを取り戻しただとかそういう話ではなくて、考えなければいけないことが山積みでそれどころでは無いというだけなのかもしれない。それに脳みその容量を使い過ぎてて他が気にならないのかもしれない。昼のバイトはさておき夜の店の方がまあまあ繁盛しているにも関わらずスタッフは足りないし営業周りには行かなきゃいけないしでも時間が無いしって感じで(私に丸投げしている訳ではなくて旦那は旦那で別店舗でなんやかんやあるんだろうからガールズバーの方は任せろなんて言っちゃったので自業自得ではあるが)とにかく考えなければいけないことが結構多くて困っている。いや、でもやっぱりそれを考えている時にも脳みその4分の1くらいは、(人の目が気になってて吐きそうだ)とか(死にたいなあ)だとか(なんでこんな仕事して生きる方向にいってしまってるんだ私は)(駄目だなあ早く死ななきゃなあ)とかそういうことも考えていたりして、残りの容量はなんか解読不能な変な言語だったり幻聴だったり音楽だったりが垂れ流されてたりだったり相変わらず脳みその中はしっちゃかめっちゃかではある。脳みそが4分割くらいされててそれぞれがそれぞれ別の方向に頭を使ってて、その状況は前とそう変わらない筈なんだけど。そう、たぶん脳みその焦点をうまく合わせることに成功したんだ私は。この間までは脳みその焦点が合わずに、丁度前のブログの記事に書いた様に、考えようとしても途中で迷子になってノイズが入ってきて脳の配線が絡まって何もかもが空回ってアラームかけることすらひと苦労だったりしたんだけど、最近はたぶん脳みその配線が増えたお陰で配線をまとめるソケット?みたいななんかそういう新機能が追加されたんだと思う。焦点ってのは目の焦点を合わせる要領(レンズを絞る感じで目の焦点も合わせるアレ)で耳の焦点も合わせようと思えば合わせることが可能な筈で、周りの雑音が一定の音量ですべて耳に入ってきたらそりゃあもう大変なことになるけど、人間はそれを合わせる機能が元々付いてるのか自然に出来るようになるのかしてる筈で、その機能が脳みそにも適用されただけの話だ。たぶん脳みその焦点を合わせることは普通の人は普通に出来てるんだろうしそもそも脳みその配線は初めからソケットできちんとまとまってるものなのかもしれないけど、私は脳みその焦点を合わせる技を21歳にしてやっと習得出来たのだ。考えなければいけないことが増えたお陰で、ちゃんと考えるべきことを考える為に働けるようになった脳みそを私はとても褒めてやりたいと思う。それでも思考中毒は継続してるので、苦しいことも同時進行で考えてしまっているのはあるんだけど、それでもそこから焦点をずらせるようになって意識の外とまでは行かなくめもなんとなく遠くに追いやれただけでもかなり楽だ。コツを掴めば自分でスイッチを入れたり消したりして、そうしたら長いお付き合いのこの思考中毒とも離別出来るんじゃないかなあと少しだけ期待している。焦点を合わせることに成功した、は言い過ぎかもしれない。やっぱりたまに仕事のことを考えてるときに変な映像、というか過去のなにかしらの映像が入り込んできて吐き気をもよおすこともまだまだ少なくは無いので、このままなのは苦しい。これでは成功とは言えないな、と思う。本当の意味での成功は、延長コードに切り替えスイッチが付いてるヤツみたいに、自由に思考を切り替える機能の全権を私が握ったときだ。「いつか私が自律神経から前頭葉までとにかく脳みその至る所の指導権を握ってやる!それまでせいぜい首を長くして待ってやがれこのポンコツ脳みそ野郎!!!」って感じでこう格好良く啖呵を切れれば良いんだけど実際にそれが出来たらメンヘラ辞めれてるしそれは感情までも司るということで、それが出来たら今頃大統領にでもなってるはずだ私は。そんな大きな夢を見るのは許されないしそんな非現実的なことを言ってる暇があったら屋上を開放している8階建てのビルをリストアップした方がマシだ。しかもさっき「格好良く啖呵を切れれば」と書いたけど今思えば格好良くもなんとも無い。自分の脳みそを罵倒してるつもりかもしれないがポンコツ脳みそ野郎と言ってしまったらもうそれは脳みそへの罵倒じゃなくただの私への罵倒だ。自虐ネタだ。こうして文章を書いてると数分前に書いた自分の文章がふと目に入ってなんとなく読み返して何だこれは!って叩っ切りたくなるから私は文章を書くのに向いてない。文章を書かないのに向いてる脳みその造りをしている。文章を書かない向きであって会話をしない向きの脳みそだ。全部引っ括めて生きないことに向いてる脳みそでもある。もし今該当アンケートで自分に向いてることは何かと問われれば迷わず「生きないことに向いている」と書く自信がある。脳みその電源ソケット(?)の全権を握るのを達成するより、生きることを辞めた方が遥かに簡単で、安楽であるにも関わらずに、まだ死ねないでいる。アホくさ。そういえば、ここ最近特に変わりはないと書いたけど、実は短気に戻ってきた自覚がある。自覚もあるし、指摘もされて、指摘されたことに対して逆ギレした。相手を選んでキレたり文句言ったりする非常に性格の悪いタイプではあるのだけど、ここ最近の短気具合はそうも言ってられなくなってきた。昼のバイトのシフトの事で西川にもブチギレてしまって、その日のうちに夜の店の方でも客にブチギレてしまった。客の方は最初に煽ってしまったので、胸ぐら掴まれたんだけど、それでまあ正当防衛ということで足が出てしまった。もちろん出禁にしたけど、一歩間違えば私が出禁になるところだった。こういう事が続くと大抵いっとき我慢して我慢したぶんまたストレスが溜まって何かしらの家具を壊してしまうのがいつものパターンなので、気をつけていきたいと思う。もう壊せそうな家具も無い事だし次はトイレでも壊すか。ワハハ

 

 

 

これからクソゴミと同伴なのでまた書きたいことがあったら書きます読んでくれた人がもし居たらありがとうおやすみなさい

下水道静注記念日

 

ブロン漬けの日々を送っていたら脳みそが蝸牛の迷子に行き合ってしまった。思考がまとまらない、同じところを行ったり来たりして「目が滑る」じゃなくて「脳が滑る」状態になってる。分かりやすい表現が全く浮かばないんだけど例えば本読んでるとき、今どの行を読んでたんだっけ次はどの行を読めば良いんだっけってなるやつ。あと数字の羅列を覚えるときに6桁あたりから進めないというかどこまで数えたかわからなくなるアレ。アレが起こってる。今は明日のアラームかけるのに○時に出勤だから○時に家を出て化粧に○時間かかるから○時に起きなきゃいけないなってこう順番に考えていかなきゃいけないけどさっきは○時に家を出て(#<▽≠<#>/[ⓜ[▽⚀‥▽>≠…#)えっと○時に家を出るから(ⓜ[[>>♡'✧“”ⓜ≠…>)えっと〜。って感じで途中で脳みそに雑音が入り込んできて、そこから先に辿りつけなくなってしまった。同じところをグルグルぐるぐるしてて結局まだアラーム仕掛けてない。これを読んでる人は既に分かってると思うんだけどね、準備にかかる時間なんて毎日変わらないんだから出勤時間から、通勤時間+準備にかかる時間を引けば良いだけのことなんだよ、本当は。でもこれが今というか最近出来なくなってきてる。このノロノロ回りくどい計算が終わってから、ようやく気付く。いやいや何でそんなややこしく考えてんのや私!って自分にツッコむ。何でかな、元から悪い頭がさらに悪くなったというかブロンのせいというか酒で脳みそ溶けてるというか。言い訳は沢山出てくるけど、とにかく何故かこの回りくどい考え方というか考え方の通り道、思考回路か、それが複雑な回り道しか通れなくなってしまっている。分かりやすい例でこのアラームの時間の逆算を出したんだけど、これは例えで、バイト中も周りに気付かれない程度に、というか周りが気付くより先に自分でなんとか防げる程度の凡ミスが多くなってきている。うん、塵も積もれば山となるというように、凡ミスも積もれば大きいクレームに繋がりかねないので、気を付けていきたいところなんですが。なんですが、この地獄のスケジュールのままじゃ脳みその回復にあてる時間がとれない。困るな〜困る。トイレのトラブル8000円でお馴染みのクラシアンさん、私の脳のトラブルも8000円で解決してくれないだろうか。このままじゃ全然暮らし安心出来ないです。脳みそを1回全溶かしして、回路を組み直したりあれこれメンテナンスしなきゃならんのだけどその時間が今とれない。頭の回転が遅くなってるってことはたぶんアレ。何かを伝達する回路の、直通の回路が詰まってるんだ。そう、ジャムってるっていうヤツです。だからややこしく回りくどく遠回りして考えるけど私の脳みそは私に似て方向音痴なので、途中でよそ見をしてしまうというかノイズが入ってきてしまうのでまずそれで現在地を忘れて、次の曲がり角が分からなくなって、最終的に自分が何処へ向かっていたのか、何を考えていたのかを忘れてしまう。結局このブログを書き始めて僅か数分で、もう何を書こうとしていたか忘れてしまっている。怖いな〜怖い。ブロンのせいにすることも、焼酎のスト缶割りのせいにすることも、出来ませんが。私のせいでも無いよねって自分をだまし騙しやってきてこれからもやっていきます。こうしてダラダラと文句を垂れてる暇はあるのに洗濯や料理をする暇は無いのです。何故か分からないけど、こういうダラダラした文章をつらつらと書いていくのは物凄く楽チンなんですよね。不思議だ。本当に、私、爪を噛む癖が治らないんですけど、最近マジでヤバい。何も考えずに爪噛んでたら3時間経ってた。洗い物しようと思って、しなきゃいけないなと思って、立とうとして、立つぞと思って爪を噛みだしたら3時間ひたすら爪噛んでた。ウケる。まず立とうと思って立てない最近。立とうと思って、立つまでに1時間くらいかかる。なんだろうね、立たなきゃいけないし、起きなきゃいけないんだけど、立てないし起きれないし働けないし歩けないし動けないし。もちろん実際にはちゃんと立って歩いてバイトに行って働いて歩いて帰ってきてシャワー浴びて着替えて化粧してまた夜のバイトに行ってる。でも無理。やってるし、やれてるけど無理。1つの動作を起こすたびに毎回本当に無理だって思いながら仕方なく動いて、やっていってる。ホス狂風俗嬢が、売掛け無いと出勤出来ないあの自分を追い詰めていかなきゃ無理な感じと似てる、たぶん。とにかく全部が無理!って感じです。休みが遠い。そして休みは夜、ガルバで働くので実質休み無いです。キツイなあ、しんどいなあと思うけど、思うだけで終わる。だって弱音吐けないんだもの、だってこんな程度で音を上げる人間だと思われたくないんだもの、だって私はもっと頑張れてたはずもの、とどうにか自分を奮い立たせています、膝が笑ってる。そんなに嫌なら辞めろよと言われて、ごもっともなんですが、私の嫌いなデモデモダッテちゃんになりつつあります。いや、なってしまっている。本当に本当のところを言うと、耐えられないのに気付いているんだけど、このまま無理!ってなって死ねたら良いなあと思ってるし、破滅願望の亜種なんだと思う、これは。仕事は自傷の一種です!とかそんなバカなことは言うつもり無いけどね。こんな程度で、私は折れないし、ハードスケジュールどんと来いと思ってる私がいるのも事実。それ以上に無理ムリむり〜つってピーピー泣きわめいてる私もちゃんと存在してます。涙は出ないけど。泣きそうな顔でいつも居るし、涙が溢れるのは悔しいので、目をかっぴらいて気合で涙を蒸発させてる。結局、ずーっと泣くの一歩手前で居る。駄目だなあって自分で分かってるけど、働くことを強要されてるわけでも無いので、意味のない戦いを続けていきます。そう、本当は前回の続きを書きたいと思ってたんだけど今たぶん書けないのでこんな感じで何も考えずにダラダラと打ち込む作業の日しました。ガルバも始めたので、結局夜に戻ってきてしまったやんちゃん編も早く書きたいと思ってるので、数少ない読者さん達は楽しみにしててくれ。あとそれと、先月はブロンに45000円かかってしまってるので、今月は抑えていこうと思っている、思ってはいるけど現在18日で既に4万弱。だって飲まなきゃ動けないし、仕方無い、私の身体は切り捨てることにした。とにかくやっていければ良い。28日に左腕の入れ墨をグレードアップするから、それを糧に頑張ろうと思う。うん、頑張っていきます。頑張って頑張って、早く死ねれば良いと心から思っている。生きる為でなく死ぬ為に働いていきたい。また元気があるときに、ゆっくり書きます。おやすみなさい